やっぱり『やもり通信』

海外生活一区切り。これからは日本の生活メインの内容になりそうだけど、タイトルはやっぱり『やもり通信』・・・で、いいかなっと。

本当は「ただいま!ありがとう!!」と言うはずだった日に、「おめでとう!がんばれ!!」と言う。

 10月10日(木)。

 この日は、本当なら(エジプトがあんなことにならなければ)3年間のカイロ生活を終えて色々な思いを抱きながらも成田に降り立ち、「ただいま!そして3年間ありがとう・・・」などと心の中でつぶやいていた日だったはず。


 10月9日(水)にカイロを発つ飛行機に乗り、10日(木)に成田着。

 そして、その翌日の11日(金)は、カイロ日本人学校での大運動会が行われる予定でした。

 1年の中でも最も大きな行事のひとつである運動会にタッチの差で参加できない、というのは正直とても、かなり残念なことで・・・特にこの春に日本人学校に入学した草太にとっては「小学校での初めての運動会」となるはずだったので、2学期開始と同時にみんなで一生懸命練習をしてきたのに本番直前に帰国・・・なんて、あぁ、なんて可哀想・・・。

 と、本人よりも母親の私の方がどうも感傷的になってしまったりもしていたのです


 結局は、我が家はその3ヶ月も前にあれよあれよという間に帰国してしまい、
 
 日本人学校も、9月になっても2学期が開始できないまま1ヶ月以上が過ぎ・・・


 その間に、当初から10月上旬で夫のカイロでの任期が切れることになっていた我が家は、もうエジプトへは戻ること無く次の赴任地への準備をすることとなり、9月中に正式にカイロ日本人学校へみどりと草太の退学届を提出し・・・(「転校届」ではなく「退学届」というものを提出しなければならない、というのが個人的には妙にショックでした。事情で他の学校へ移らざるをえない場合でも「退学」って言葉を使わなくちゃならないんですね。)

 


 
 本当に、何がなんだか分からないまま、時間がどんどん過ぎていきました。


 どんどん過ぎていく時間の中でも、カイロから続々と帰国してきた友人たちと日本で再会・・・という嬉しい事もありました。


 それだけエジプトの情勢が緊迫し危険度が高まっていた・・・とも言えたわけですが、それでも、さよならも言えずに夜逃げのように帰ってきた私たちにとっては、友人たちとの日本での再会は本当に本当にありがたいことでした。

 
 そんな友人たちも、9月20日に外務省発出の渡航情報(危険情報)が、《渡航の延期をお勧めします》に引き下げられると、「そろそろカイロに帰れるようになるってこと?」と、少しずつ帰国(←エジプトへの)を前向きに考えているようすの人がチラホラ。
※それまでは8月17日に発出された《渡航の延期をお勧めします。(滞在中の方は事情が許す限り早期の退避を検討してください。)》でした。この( )の部分があるとないとでずいぶん違ってくるようです。


 この危険情報の引き下げを受けて、すぐに帰国(←エジプトへ)の準備に取り掛かったのは日本人学校の先生方のようでした。

 8月21日に日本へ退避帰国してそのまま夏休みを過ごし2学期を迎えることになってしまった先生方は、それぞれの原籍校に勤務しながら、いつでもカイロへ戻れるように、すぐにでもカイロ日本人学校の2学期をスタートさせられるように・・・と常に連絡を取りあいながら「その日」を待っていたようでした。


 渡航情報(危険情報)が引き下げられた一週間後には、家族を伴ってカイロに戻った先生方。2学期再開の準備を進め、その10日後の10月7日(月)、ついに2学期の始業式を行うことができたそうです。

 
 
 もともと全校生徒30人ちょっとの小規模校だったカイロ日本人学校。
 1学期の終業式に出席できたのはその2/3の20数名だったはずです。

 この日、2学期の始業式に、何人の児童生徒が始業式に出席していたのか私にはわかりません。


 でも、2学期がスタートした4日後の10月10日(木)に、当初予定していたものとは別の「カイロ日本人学校 なかよし運動会」というものが行われたようです。


 当初10月11日(金)に予定されていた「カイロ日本人学校大運動会」は、毎年カイロ日本人会にお手伝いいただきながら日本人会主催の『地区別対抗リレー』などの競技も行われ、カイロ在住の日本人みんなが参加でき楽しめる行事、として位置付けられているものでした。 
 このような大きな行事としての「運動会」ではなく、今のこの状況でできる範囲で・・・ということで行われたのであろう「なかよし運動会」。

 目的は“各地に散らばっていた児童生徒が集まり思い切り体を動かす中で、これからの学校生活に頑張って行こうとする気持ちを高める”


 カイロ日本人学校が毎月発行している『ひろば』という学校広報誌にはそのように書かれていました。

 

 そんなわけで、10月10日(木)。


 日本ではすっかり「体育の日」じゃなくなってしまったこの日、カイロでは「なかよし運動会」は無事終わったのかなぁ・・・。

 
 まだカイロには戻っていない人もいるようだし、子どもたちの数もいったいどのくらい減ってしまったのか・・・気になるけど、なんとなく聞けずにいる自分。

 
 それでも無事2学期が始まったカイロ日本人学校を、これからも陰ながら応援していきたいなぁ・・・などと、やはり思ってしまいます。