やっぱり『やもり通信』

海外生活一区切り。これからは日本の生活メインの内容になりそうだけど、タイトルはやっぱり『やもり通信』・・・で、いいかなっと。

人生二度目のフルマラソン 今日で折り返し点 過ぎました。

人生二度目の・・・

と言っても、生まれて初めて挑戦した30年前(‼)のペナンマラソンでは、制限時間内にゴールできず、それでもなんとかゴール地点までは行ったもののゴールした途端(うん、ゴールはしたはず)全く動けなくなり、近くにいた見ず知らずの参加者に介抱してもらう・・・という失態をさらしているので、

今回無事完走できれば、

ついに30年越しのリベンジ!

ってことに、

なるんだろうか?

 

今、参加しているのは東北地方のマラソンで、

これまた人生二度目の「復興マラソン」

 

東北・みやぎオンライン復興マラソン

fukko-marathon.jp

※※ちなみに人生初の「復興マラソン」は’ 98の奥尻復興ハーフマラソンでした:『奥尻島とハーフマラソン』https://hiragam.hatenablog.com/entry/20140919/1411169583

 

 この大会はタイトルの通り、今、大流行の(⁉)オンライン・イベント。 

 

GPSランニングアプリTATTAを使い、個々人が自分の走りをそれに記録することで「参加」とみなすバーチャル大会です。

 

この大会のすごいところは、大会開催期間が2週間あるということ。

この2週間(8/1〜8/15 なので15日間)で、とにかく42.195km走ればOK.という、なんとも斬新な企画。

 

夫が見つけてくれたこの大会にエントリーし、大会がスタートした8月1日から早速スタート!

 

2週間で42.195km。

つまり単純計算で一日3キロずつ走れば余裕で完走できるということになる・・・けど、なんと言っても開催期間が8月のこの時期。

猛暑で絶対走れない、とか

雨がざんざか降っている、とか

体調不良で今日はパス・・・・とか絶対あるだろうから、

そのへんのことも考えつつ、自分なりに計画を立てました。

 

とにかく完走を目標に。

そしてたとえ細切れの42.195kmであろうと、完走できた暁には自分なりの達成感が得られるように。

この「自分なりの達成感」につきましては、走る時間を朝にしたことにより、もしかしたら42.195kmを一度で走り抜く(普通のマラソンとして完走する)のと同等レベルの達成感・充実感が得られるのではないか・・・と、完全夜型人間の私は思っているわけで、そういう意味では、私にとってはかなりチャレンジングなフルマラソンになっています。

 

・・・などと書いているうちに12時半を回ってしまった。

もう寝ないと!!

 

本日(8月6日)の時点で、総距離22.25km

ちょうど折り返し点を過ぎたので、後半もこんな感じのペースで頑張っていくぞ!

という思いを込めて・・・、久々にブログも更新できてよかった・よかった。

 

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では、おやすみなさい。

 

この半年を2分で語る動くグラフ

すごく久しぶりの更新。

「もうすぐ夫と息子が本帰国」と4月20日に書いて以来なので、ほぼ3ヶ月ぶり。

 

気がつくと2020年ももう半分以上過ぎているし。

 

2020年

誰の記憶にもしっかり残る年になってしまいそう。

しかも国や地域に限定されず、世界中の誰にとっても・・・というレベル。

 

いやいや、ホントはもっと違った形で記憶に残る年になる予定だったんじゃ・・・?と思わなくもないけど。

今はこの状況と共存するしかないのね、

などと思っていたら、今日、興味深いものを見つけました。

 

日経新聞さんの『入れ替わるランキング』とかいう動くグラフ

ほんの2分ほどの動画になっているんですが、これがめちゃくちゃ面白くて(というと不謹慎ですね、すみませんm(_ _)m💦)途中、何度も一時停止しながら、今までのことを振り返りつつ見入ってしまいました。

vdata.nikkei.com

👆👆👆

見ました??

 

およよよよ〜〜・・・とか思いながら、ついつい引き込まれてしまいませんでしたか?

 

グラフのスタート1月11日

感染者41人。中国のみで確認。

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2月1日になるとアジアのほかの国でも感染者確認。

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ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港で停泊し始めたのがこの頃で、

この辺りから世界のあちこちで日本人を含むアジア人への警戒(という名の差別)が顕著に。

すれ違いざまにいきなり「コロナ!」と叫ばれた・・・という海外在住の友人の話も聞いたし、カナダでも生まれたときからカナダに住んでいる中華系の人たちが差別的な扱いを受けたり、ということもあったようで、コロナ=アジアという意識が大きかった時期でしたね。(遠い昔のことのような気がする・・・)

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中国経由でイタリアにも感染が広がっていった3月になると

日本国内ではエジプトのナイル川クルーズツアーに参加した人からの感染が相次いで報告されて、ひぇ~~~~·····💦っとなりました。

ナイル川クルーズ・・・めちゃくちゃお世話になった、というか楽しませてもらったので。

 

まだ中国での感染者数がダントツの中、韓国でも急増し

そして

アメリカに感染が広がり始めたのは3月上旬だったんですね

この時、世界の感染者数10万人超え

国内では年度末の大事な時期に学校閉鎖、卒業式の縮小・取りやめなどでなんだかとんでもないことになってきたぞ・・・という空気が漂い始めた頃だったと記憶しています。

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3月15日ごろを見ると

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まだ中国がダントツですがイタリアが深刻な状況になり始め、感染の広がりはヨーロッパの国々に移っていって・・・

 

3月27日

夫と息子がカナダから帰国した日にアメリカ中国を抜いていました

この時期、アメリカと国境を接しているカナダでもかなりピリピリした状況だったそうですが(夫 談)、このグラフに国名が出てくるほどの感染者数ではなかったんですね。

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日本で緊急事態宣言埼玉、千葉、東京、神奈川、大阪、兵庫、福岡の7都府県対象が発令された4月7日

中国の感染者数が減り始め、もう完全にコロナ=アジア の構図は無くなった感じに。

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緊急事態宣言全国に拡大された4月16日

あぁ、もうアメリカが・・・💦

そして世界中で200万人

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Stay HomeGWころから南米ブラジルでの感染拡大が報告されるようになり・・・

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一気にアメリカに次ぐ多さになった5月26日。

ついに

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インド登場…

アジア諸国がすっかり姿を消したこの時期になって、

早めにロックダウンをして守りを固めたはずのインドが・・・

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そして、確実に感染者数を増やしている・・・。

ちなみにこの6月4日は、カナダでの任期を終えた夫の次の国への赴任予定日でした。

次の国・・・そう。インド🇮🇳🇮🇳🇮🇳💦

 

行ってないです。もちろん。

 

回のこのデータは6月29日までになっていますが

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インドの感染者数はその後も確実に増えていて、

7月初めには世界第3位になってしまったそうです。https://bit.ly/3ewWQ0M

そして7月15日現在も変わらず3番目キープ・・・https://bit.ly/3h2ZOvP

 

 

そんなわけで、夫は埼玉県坂戸市の実家に想定外の長期滞在。

体は日本だけど、仕事はインド。

リモート赴任生活も1ヶ月が過ぎました。

 

 先のことは誰にも分かりませんが

 

でも、あっという間に過ぎたように感じる半年間を一気に語っているこのグラフの、この先が気になる・・・

 

いつかは

だんだんと

この横棒の本数が減っていって、

棒の1本、1本がどんどん短くなっていって、

途中から逆再生してるように見えてきて

で、

最後に「ふりだし」に戻ったようになったら

私はまたおぉぉぉ〜〜〜〜・・・とか思いながら

何度もぼーーーーっっと繰り返し見ちゃうんだろうなぁ

 

Stay Home生活もそんなに悪くないけど、でも、このグラフが完結する日はやっぱり待ち遠しいかも。

 

そうなると、また我が家は「どこでも窓」にお世話になる生活になるんだろうけど。

 

 

 

本帰国まで1週間 でも “家族再会” まではあと3週間ちょっと

 

実は、本帰国が近づいています。

と言っても、私自身のことではなく(私は日本にいますので)。

 

2017年からカナダで仕事をしている夫。

そして、2018年11月から一旦は私たちと一緒に日本での生活をスタートさせたものの、諸事情により半年前からカナダに戻った息子の草太(13歳)。

 

この二人が夫の派遣任期満了により来週の飛行機で帰国します。

 

・・・・こんな時期に。

 

派遣の期間は赴任当初から決まっていて、それをちょうど一年延長して・・・の、この時期。

帰国日も早くから分かっていたので、飛行機の手配も早々にしておいたらしいのに 〜最初に帰国便の予約について「とりあえず席確保」というメールをもらったのは2月11日でした〜 こんなご時世になってしまって、その予約便は4月に入ってからキャンセルとなり。(まあ、想定内)

 

再度、別の便を予約できたのが4月6日。

3月17日には在住地のアルバータ州に緊急事態宣言が発令され(3月5日に最初の感染者が確認されてから12日後。こういうのを「スピード感をもって」っていうんじゃないですかね?)、当然のことながら任期終了まで残りあと1ヵ月ちょっとという時期に職場への出勤もできなくなり、生活に必要な食料品等の買い物以外は外出禁止、という状況となり。

 

それが今でも続いているようです。しっかり1ヵ月以上。

 

緊急事態宣言発令以降、夫が職場に行ったのはたぶん1回だけのはず。

スーパーに行っても、入店者数を制限しているから買い物客は店の外にこんなふうに並んで待機。

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この写真、3月30日に夫が送ってくれたものなんだけど、拡大してよく見たら雪がちらついてる・・・

 

こんな状況なので、引越し業者ともなかなか連絡が取れず(っていうか、自分の仕事だってまとめておかなきゃ、の時期で忙しいはず)やっと業者とコンタクトが取れたのが4月8日だったらしい・・・

 

でもまあ、これでなんとか帰国の目処もついた、というところのようだけど、

でも、“海外からの帰国者”さんたちは、成田に着いてからが長いんですよね。

 

すでに広く報道されてますからご存知のことと思いますが、

とにかく全員〈PCR検査〉

結果が出るまでもちろん待機。(なんかその「待機」の状況もこれまた様々らしいですけど)

「陰性」との結果をもらっても、2週間は自主隔離。公共交通機関を使わずに帰れる人はとりあえず自宅に帰ってそのあと2週間お家ステイというのも可能だそうですが、そうでない場合は事前に自分で手配しておいたホテルで2週間過ごす。

軟禁・・・? いや、監禁・・・?

どっちに近いんでしょうね。

ま、自主隔離ってことで。

 

我が家(夫と息子)の場合は、夫の派遣元がすでにホテルを予約してくれたそうなので、検査結果が出たあとの2週間もそこで過ごせるらしいのですが。

おかげで「海外からの帰国者と分かったら宿泊拒否された」などという悲しい目には遭わずに済みそうで、それは本当にありがたいと思います。

 

でもね・・・

なんというか、

確かに、帰国者から確認される感染者数は、日本国内に住んでいる人から確認される感染者数より、割合としては高いってことは数字でも出されていますけど。(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10887.html

 

でもなんというか

これから帰国する人たちは、ほとんどがもう1ヵ月以上がっつりがっつりっていうのは、明らかに今の日本の状況よりも、っていう意味で)「禁外出」の生活を続けてきた人たちがその多くを占めているんじゃないかと思うわけで。

 

で、そういう人たちは例外なく全員、検査をして、「陰性」という結果が出ても2週間「自主隔離」が義務付けられてるけど、

 

首都圏で今でも毎日電車に揺られてお仕事に行っている人たち、

毎日どこかで不特定多数の人と接している人たちは、そのまま日常生活を普通に続けられるのね・・・と思うと、

 

なんだかなーー と、思ってしまったりもするわけで。

 

いや、確かに帰国者が感染元となる可能性は、それはやっぱりあるんだから「自主隔離」、仕方ないかな、とは思いますよ。

 

それに電車に乗っている人だって、誰も好き好んで、ってわけではないだろうし。

「もしかしたら感染するかも」という思いを抱えて毎日出かけているんだろうとは思います。

 

そして、どうしても行かなきゃいけない、家にいては出来ようはずもない仕事を私たちのためにしてくれている人たちだって大勢いること、わかっています。

 

でも

「週末くらいは子供を外で遊ばせてあげたいし」と、大勢の人がいる公園で(感染予防に気を配りながら)元気に外の空気を吸っている人たちはオッケーなのね。あんなに周りに人がいるけど。

 

とか、思っちゃったりもするわけですよ。

 

でも

じゃ、自分はどうなの?

と言われると・・・

いや、この辺はほんと超自然に囲まれた住宅地なもんで、

ちょっと家を出れば気持ちの良いお散歩道で、

でも人口密度のおかげで、30分歩いてもマスク姿のご夫婦2組とすれ違うくらい。

ジョギングもし放題の環境で、

オリジナルコースを発見しながら一人でいくらでも走れるし、

そんな中、近くの城西大学の真面目なかっこいい走りの若者と、親近感覚える健康志向のマイペースランナーにたまーに出会うくらい。

 

だから、私は大丈夫(だと思う)けどーーー・・・・・

 

って、あ〜〜〜〜💦 ほんと勝手なこと言ってるわー。

 

 

結局、なんというか

帰国前のあのバタバタって、あれこれすごく大変だった記憶がすごくあるのに

それを、こんな状況下で

自分の仕事をこなしながら、

家具やら何やらの引き取り手を探して

世の中が急に「オンラインの世界」になっちゃったことで「(日々の授業の)非常事態」に陥りそうになっている皆さんのサポートもして

ホントなら私がやっていたであろう台所の色んなものの片付けやらも全部やって・・・

って、めちゃくちゃ大変そうなのに

やっとの思いで帰国したら

途端に軟禁状態っていうか監禁状態っていうか「自主隔離」?

なーーんか可哀想ぢゃん・・・

 

と、言う気持ち、ですかね。

 

いや、逆に2週間ホテルから動けないってことは

部屋の中でできることしかできない、

誰にも会わずに済む、

ってことで、

これ

良いようにも取れますかね。

 

幸い、一緒に2週間缶詰になる息子13歳は、現在「ひきこもり」が全く苦にならないインドア少年ゆえ、ストレスをためて不機嫌になるとかまずあり得ないと思うので、二人で心穏やかに、誰にも邪魔されない静かなひとときを過ごしてくれればな・・・と思っています。

・・・う〜〜〜ん? いや、人に会わなくてもがっつりしっかりできちゃうか。イマドキのお仕事って(^_^;)

 

 

 ということで、こんな状況下

4人でスタートした我が家のカナダ生活は、あと1週間ほどで彼の地の2人によって締めくくられます。

 

 ま、人生いろいろあります、はい。

 

 

 そして、「自主隔離」後の2人が5月半ばに無事ここ(埼玉県の村上実家)にたどり着いたあとも・・・

さて、その先がどうなることやら、 というのがありますが、それはまた時期をみて書きたいと思います。

 

 では

Stay home

Stay safe

Think something better

Find something happy

Don't forget to thank

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緊急事態宣言下の「N高オリエンテーション」on ニコニコ生放送

またしても久々のブログ更新ですが・・・

この1〜2ヵ月、すごく不思議な感覚で過ごしています。

 

一応、というか、

もちろん

世の中の動きにはちゃんとついて行ってます。

今、世界中でどんなことが起きていて、

私たちが住むこの日本でも、

そして、自分が住んでいる埼玉県を含むこの一帯がどういう状況に置かれているのか

〜つまり『緊急事態宣言』というやつですね〜

ちゃんと分かってはいるつもりなんですが、

 

以前から、我が家は、基本ほぼ毎日女3人(義母・娘・自分)が在宅、

というスタイルで生活をしてるので

今の状況がとんでもなく非日常・・・というわけでもなく。

 

昼ごはんもだいたい3人で食べていたので

毎日子どもたちの昼ごはんを作らなきゃならないなんて地獄〜〜〜!!!

 

という状況にも全くなっておらず。

(もちろんほんの数年前の自分の生活を思い出せば、その気持ちは痛いほどよく分かりますが。)

 

この春から高校生になる(・・・いや、「なった」というべきか?)娘も、中学で習う勉強はほぼ自宅での自習(ホームスクーリング)でカバーしてきているので、

子どもがずっと家に居るなんて耐えられない〜〜〜!!!

 

という感覚は、私の中にはもはや無く。

(だって週に1回火曜日にN中等部に通う以外はずっと家に居たわけだから)

 

確かにお義母さんの外出 〜定期的に通っていた歌のレッスンやヨガやカラオケ〜 は2月終わり頃から徐々に減って、今は週に1回のディサービスだけになっているし、

 

私も、そういえば毎週通っていたヨガとズンバ、3月になってからは行ってないし、

月に1〜2回通っていたコーラスの練習も、そういえば3月1日の定期演奏会が延期になってからもちろん練習再開の目処もたっておらず・・・

 

こんな状況なんだけど、

家にこもりっきりでストレス溜まっておかしくなりそう・・・・

 

ともなっておらず。

 

それは

今がちょうど桜の開花を楽しめたり、春の息吹を思いっきり感じられる時期だから とか

ほどよい(?)田舎のおかげでふらりと散歩・のんびりジョギングもし放題だから とか

反抗期真っ只中にあってもおかしくない年齢の娘が、常に私の話し相手としてここに居てくれるから・・・

など

色々理由はあるのですが

とにかく

緊急事態宣言下で「こんなときだからこそ、心を一つにしてがんばりましょう」などというのを聞いても、どこか別の国の話を聞いているような、正直そんな毎日です。

 

あ、でも圧倒的に我が家への配達回数も増えている宅配業者さんには(やっぱり外出は控えているのでパソコンからポチッとする買い物が増えてます)、荷物を受け取るたびに「あぁ・・・本当にありがとう!」とすごく思うし、

医療関係の仕事についているはずの友人を思い出しては、大丈夫だろうかと心配になったり、

こんな中だからこそ働かなくては・・・という人のことを思い出しては感謝、というか尊敬というか、いや、なんだか自分の日々の生活があまりにも平和すぎて申し訳なく思ったりしています。

 

 

こんな日々の中

3月14日に予定されていたN中等部の卒業式オンライン卒業式となってしまい、

そして、今日(4月9日)に行われるはずだったN高等学校(N高)の入学式

早々にオンラインでの実施と連絡が来ていたのですが、2日前になんと「延期」の連絡が。

これにはさすがの娘もかなりがっかりしたようですが、入学式の後に続けて行われる予定だった「新入生オンライン オリエンテーション」、こちらは予定通り実施されるとのことだったので、開始時間の午後3時半が近づくといそいそと2階の部屋に入っていきました。

 

このオンラインのオリエンテーションはニコニコ生放送で配信されていたので私も途中から見始めたのですが、

いや、ホント、思うところいろいろありました。

その「思うところ」を整理してから書こうとすると時間がかかりそうなので

思いつくまま箇条書きにしてみます。

 

◎関わっているみんな(運営側も参加者である生徒側も)に新しいこと」「ワクワクすること」に直面している感が漂っている。

◎いつの間にかキーワードになっていた「沼」、そしてその沼にはまること」・・これは本当にこれからこの世の中で生き抜いていく人たちにとっての強みになると思う。

 👉「沼」:やりたいこと、好きなこと、惹きつけられること

 👉「沼にはまる」:それをとことんやる。それにまみれてズブズブになる(笑)

◎出る杭が称賛される。「みんなどんどん突き出てください」的な雰囲気で包まれた環境。

◎「(N高生活の中で)場所にとらわれない友人ができた」・・・Zoom出演した卒業生のセリフ。高校生の段階でそこまで思えるような環境がこの学校にはあるのか!

◎オリエンテーションの多くの時間を割いて「ネットリテラシー」講座。「高校生活の中でネットコミュニケーション能力を鍛えよう」「社会に出たときに備えよう」「(ネットは)今のうちにガンガン使おう」・・・現実に即した清々しいご意見で聞いていて気持ちが良かった。

言いたいことを言って、やりたいことをやれる場所。そんな環境に15歳から入っていける。これはとんでもなく恵まれている気がする。

 

もちろんこの環境には、向いている人と向いていない人がいるかもしれません。

 

でも、今、こういう環境で高校生活を送ろうとしている子がとても身近にいて、なんだか私までも嬉しい・・・というか密かにちょっとワクワクしてます。

 

 

 と、こんなことを考えていると、また自分が『緊急事態宣言下』にいることを忘れてしまいそうになる・・・

 

 でも、コロナ・ウィルスは確実に私たちの周りにも漂っているはずです。

人口10万人ほどの坂戸市ですが、感染者はすでに3人確認されているそうです。

 

明日からも、外から帰ったらしっかり手洗い。

ソーシャルシャル・ディスタンスは、近所のスーパーに行ったときくらいしか意識のしようがない環境ですが、それでも油断せずに生活します。

 

みなさんも少しでもストレス無く、小さな楽しみなどを見つけて生活できますように・・・

 

 

 

 

 

 

二度目の「3.11」のあとに

 

ハタチを過ぎてからの自分の30数年間を振り返ってみたら、

国内と海外の生活がちょうど半々くらいでした。

 

オトナになってからは時間の半分は日本に居なかったことになるけれど、

北海道の父が亡くなった時はちょうど日本に住んでいて、

父の突然の発病から、手術、闘病、そしてお別れまでの全てが、家族4人で日本に住んでいた2年4ヶ月の間の出来事となったことは、今、考えても何か不思議な力が働いていたんじゃないか、と思えたりもします。

 

その後も

あの未曾有の大災害、2011年の東日本大震災のときもたまたま日本に帰国していたし(アラブの春の混乱のためエジプトから救帰国中で)

 

今回の新型コロナウィルスで世界中が騒然としているこの時期も、しっかり日本にいます。

なので今年の、震災から9年目の「3月11日」も、あの日と同じ埼玉県内の夫の実家で迎えました。

 

 

9年前のあの日は、子どもたちと近所の公園にいて公園全体がゆっさゆっさと揺れるのを感じ、慌てて家に帰りました。

家に戻ってしばらくすると、テレビには信じられない光景が映し出されました。

 

その後計画停電だんだん棚がスカスカになっていく近所のスーパーでの買い物・・・

それでもその時「エジプトからの退避帰国中」だった私たちは、向こうのようすが落ち着いて来たらエジプトに帰国

あちこちで暴動が起こっていたカイロに戻ると、スーパーには溢れんばかりの商品が並んでいて、びっくりしたっけ。

 

その後はまたしばらく海外生活が続いたので、震災後初めての「3.11」はカイロで迎えました。

その後もカイロ、ブダペスト、エドモントン・・・3月11日はずっと日本にはいませんでした。

 

なので2019年。

去年の3月11日は、あの日以来、初めて日本で迎えた「3.11」でした。

 

去年の3月11日、なんだかその日に日本に居る、ということに妙にドキドキして

どうしたらいいのかよく分からなくて、あの時間になる少し前にあの日と同じ近所の公園に行きました。

子どもたちには声はかけず、(いや、声はかけたけど二人とも「行かない」って言ったんだったかな?)一人で公園に行き、あの日と同じようにブランコに座りました。

あの時は、私の隣のブランコにみどりが座り、私たちの前では当時4歳だった草太が「即興オリジナル桃太郎」のお話を得意げに話して聞かせてくれていました。

 

いきなりのあの揺れは本当にびっくりしたよなー・・・

でも、ブランコに座っていたから、最初は微妙な揺れに地震とは気づかなくて、

草太の話聞きながら船漕いじゃったのかと思ったっけ・・・

 

そんなことを思い出しながら、ひとりでブランコに座っていたのが1年前。

 

 

今年も再び巡ってきたこの日の午後、なんとなくソワソワし始めた2時40分すぎに

一人で公園に行ってしまいました。

 

ところが。

今年は公園に近づくと子どもの笑い声が。

 

女の子が二人、何やら楽しそうに笑い合いながらブランコを漕いでいます。

 

この公園のブランコは二人がけのものが2つ。

4人で並んで使えるようになっていて、私の指定席(9年前も去年も座っていたブランコ)はちょうど空いていました。

 

いきなり公園に現れたオトナが、一人でまっすぐ歩いてきて、

自分たちが遊んでいるブランコの横に腰を下ろしたので

「え?なになに??」という感じで急に静かになってしまった二人の女の子。

 

明らかにこちらを気にしているようすでおしゃべりもやめ、黙々とブランコを漕いでいるので

「何年生?」と声をかけると。

 

「2年生」

大きな方の子が答えました。

 

小さい方の子は妹で、まだ学校には行っていないとのこと。

 

 

再び しーーーーーーーーん。

 

 

 

で、思わず聞いてしまいました。

 

「2年生かぁ・・じゃ、ずっと前の今日、すごく大きな地震があったこと知ってる?学校で聞いたことある?」

 

立ち漕ぎをしながら、首をブン!と縦に振る女の子。

 

「そっかーーー。」

 

 

再び しーーーーーーーん。

 

そして

 

「あの地震があった時、わたし、ここにいたの。」

 

何を血迷ったか、突然現れたオトナを持て余し、多分(間違いなく)早くいなくなってくれーー・・・と思っているだろう小学校2年生の女の子に、私はそんなことを言ってしまいました。

 

言い終わらないうちに「・・・やっぱ、やめとけばよかった💦」と頭の中で自分の声が。

でもまあ、言ってしまったわけで。

 

 

しーーーーーーーーーん…

 

 

黙々とブランコを漕ぐ二人を前に

これ以上ここに居ると、ほんっとこの子たちに悪いわ・・・と急に申し訳ない気持ちになった私は、えいやと立ち上がりながら

 

「学校、ずっと休みだと退屈になっちゃうよね。・・・・でも、ちょっと嬉しかったりする?」

と、できるだけ身近な(?)話題を、さっきのしょーもないつぶやきにかぶせるようにして2年生の子に向けてみました。

立ち漕ぎから座り漕ぎに変えて「うん。」と今度は声をだしながら、もう一度首をブン!と縦に振ったその子は、なぜかこっちをじっと見ていて・・・

 

 

なんだかよく分からないけど、ここはもう私はさっさと帰るに限る。

 

そう思って、公園をあとにしました。

 

私の姿が見えなくなったと思われる場所まで来たら

止まっていた時計が動き出したかのように、柔らかなおしゃべりと可愛らしい笑い声が聞こえてきて・・・

 

うわっ

わかりやすっ!

と思わず心の中でつぶやいてしまいました。

 

まー、そりゃ警戒するっていうか、

どうしましょう・・・って思うんだろうな〜、きっと。

 

 

来年のこの日も、きっとここに居ると思うから

私はまたこの公園に来てしまうかもしれない。

 

まぁ来年は子どもたち、まだ学校から帰ってきてない時間のはずだから、またここで誰かと鉢合わせることはないと思うけど。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ただでさえ、色々な思いが渦巻くこの時期なのに、

今年はこの翌日に

 

WHO事務総長が新型コロナウィルスの感染状況について、パンデミック(世界的な大流行)という言葉を使い、

 

その全く同じ日に、ギリシャでオリンピック聖火の採火式が行われ、聖火リレーがスタート・・・

 

 

あぁ・・・つらいなぁ

 

もうやめてしまえ、とか

冷静に考えると無理じゃない? とか

でも、無くなるなんてあり得ない・・・とか

 

 

いろいろ、いろいろ聞こえてくる。

 

ウィルスより経済停滞が怖い とかも 

 

 

こんな状態がいつまで続くんだろうと思ったら、本当につらい。

 

いったい何に試されているんでしょうねえ・・・私たちは。

悔しいけど、負けたくないなぁ・・・

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 何が「負け」になるのかも分からないけど

せめてこの先、どんなふうに流れていったとしても、

何年か経って振り返ったときに

「あんなこともあったよねえ」と言える自分でありたい、と

今はそう思ってます。

 

 

 

 

 

4年に一度の・・・

 と言うと、今 多くの人が思い浮かべるのはやはりオリンピックかもしれません。

 

そのオリンピックがある年には(正しくは「夏のオリンピックがある年」ですが) 2月29日があります。

 

4年に一度しかない2月29日

 

2008年2月29日に亡くなった父の命日は、だから

4年に一度しかやって来ません

 

今日、2020年2月29日は父の3回目の命日。

 

自分の命日がそんなレアな日になるとは思っていなかったと思いますが、

さらに父は、生前から「葬式はやらん。坊さんも呼ばないでいい。墓もいらないから沖縄の海に散骨してくれ。」と宣言しており、そんな父の希望を、母はじめ父を大切に思っていた人たち全員がみごとに全て叶えたので、実家に帰っても父のお墓はありません。

 お寺さんにもお世話になっていないので、戒名とかもないし、◯周忌の法要とか、そういうのも無し。

 

 大学を出てからは一緒に住んでいなかったし(実際はその前にマレーシアに行っていたのでその期間も離れて暮らしていたし)退職後、父は一年の半分は沖縄で暮らしていたので、大人になってからは圧倒的に《離れて暮らしていた歴》が長く、

実家に帰っても「必ず会える人」じゃなかった、という印象の父。(帰省しても私が遊び歩いて家にいなかった、というものあるな😅)

 

 で、子どもを連れて帰省しても「じゃ、お墓参りに・・・」とはならないので、

亡くなってもう10年以上も経つのに、なんだかまだ沖縄あたりをふらふらしているような…たまたま長い時間会えていないだけのような…、そんな感じでどんどん時間が流れていっている気さえします。

 

 そして迎えた3回目の命日の今日。 

いままでは、父とのお別れ会の時のDVDを家族揃って見るという形で、4年に一度、みんなで父を思い出す日にしていたのですが、今年はなんとなくそういうのとは違う2月29日にしてもいいような気がして、

あえてDVD鑑賞会をみどりに提案はしませんでした。

 

代わりに。

いい天気だったので、近所をぐるっとジョギング。

退職するその日まで、体育教師として、自分よりずっと体の大きな高校生に体育の指導をしていた父を偲ぶ日にふさわしいんじゃない?なんて思いながら。

 

せっかくなので、走りながらたぶんきっと4年ぶりに(💦)父のことをあれこれ思い出してみました。

 

 生徒のピアスは絶対何があっても許さない堅物教師だったくせに、自分は退職した途端いきなり髪を伸ばしてロン毛を後ろでまとめたりしてたよな・・・ とか

 

《水戸黄門》や《遠山の金さん》なんかの毎度毎度同じ展開のドラマは大好きだったけど、三谷幸喜の《ラヂオの時間》の面白さには全くついてこれず、途中で「なんだこれは、わけがわからん!」と鑑賞放棄をされたっけなー とか

 

 あれだけ人の顔と名前を覚えるのが苦手な人が、よくがんばって長年教師をやっていたよな〜 とか

 

 「マルちゃん(東洋水産)の味噌ラーメン」だけは自分でよく作って食べていたけど、先に丼にバターを入れておくことと紅生姜をトッピングするのはあれはいったいどういうこだわりだったんだろう? とか

 

 小さい頃の冬のある日、電柱に雪玉を投げてぶつける遊びをしていた(けれど、子どもゆえコントロールが下手くそで電柱には当たったり当たらなかったりだった)私と妹に「なにやってんだ? あれに当てるんだろう? こうやってちゃんと狙って投げればいいだろうが・・・!」と、投げる玉投げる玉、全部電柱にヒットさせ、我が子のコントロールの悪さに動揺しまくっていたっけな〜 とか

 

 50を過ぎてからのセリカXX、そしてホンダ・ビート・・・あの車好きはなかなかだったよなぁ〜 とか

 

いや、父のことをこんなふうに思い出すなんて本当に久しぶりだったので(・・・というか、たぶん4年ぶりだったので💦)あれこれ出てくる出てくる。

 

4年に一度の命日ってのも、悪くないかも。

 

なんて都合のよいことを思いながら、亡き父を偲んだ4年に一度の2月29日でした。

 

さて、来年・・・じゃなくて次の2月29日はどんなふうに過ごそうかな。

 

この数日間で思うことあれこれ

 

 ここ数日で、世の中ずいぶん大きく動いていますね。

 

 数日前からまさに「刻々と」という感じで周りの空気感が変わってきましたが、

個人的には

2月24日(月)『マハティール首相辞任』のニュースが「日替わり衝撃ニュース」始まりでした。

 2年前に当時92歳のマハティール氏がマレーシアの首相に返り咲いたときもそれはそれは驚きましたが、その2年後のこの時期にまさかの辞任??だって自分が取り組むていた『ビジョン2020』の、 、は新型コロナウィルスのニュース一色だった日々に大きなインパクト。(なにやらまた復帰説も聞こえてきているようですが)

 

 そしてその翌日2月25日(火)の夜に

『ムバラク元大統領死去』

 私たち家族にエジプトからの二度の避難帰国を体験させてくれた張本人、と言っても過言ではない人。

 久々に聞くその名前に、うわ〜〜 ・・・っとお腹の中から何かがぐぐって上がってくるようななんとも言えない感じがして、そろそろ起きる頃かな?という夫(カナダのエドモントンとは16時間の時差があるので)に《ムバラク元大統領亡くなったってね〜〜〜》メッセージを送っておいたら、ややしばらくしてから返事。

 見ると、ムバラクのことには触れず、

 

《来週の一時帰国なくなりました》・・・

もちろん、今回の 『新型コロナウィルス』の影響。

来年インドに赴任する夫の派遣前研修。

3月上旬に国内の研修センターで約一週間の日程で行われる予定でしたが、

いや、研修は予定通り行われるそうですが、

海外在住の対象者は今回は参加しないことに。(一部オンラインの参加もあるようですが)

まぁ現状では、研修に参加したとしても、その後、自分の赴任国(夫の場合はカナダ)に帰れない、入国させてもらえない・・・? ということも本気で心配しなければならないので致し方ない決定だとは思います。

思いますけど〜、

研修参加のための一時帰国がなくなった、ということは、

その時期に夫と一緒に帰ってきて、ほんの一週間弱だけど久しぶりに埼玉のこの家で寝食をともにする予定だった草太の帰国もなくなった、というわけで。

まあ、ここに一緒にいたときは、色々と・・・あれこれトラブルもありましたが(だから日本ではなくカナダで暮らすことになったんですが)

でも、かれこれ4ヶ月も離れて暮らしていると、

「今度帰ってきたら、あれ食べさせてあげよう」などと、ちょっとしたワクワク感(健全な親心?)も出てきたりするわけで。

でもそれも、本帰国の4月末までお預け。

来週一緒に行く予定だった歯医者の予約も草太の分はキャンセルしなくちゃ、などと思っていた翌日の2月26日(水)

『第3回 定期演奏会の延期が決定』😭😭😭

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 今度の日曜日(3/1)に予定されていた〈ソート・エル・ワルド〉(アラビア語で「花の声」:カイロで活動していた日本人コーラスグループが母体)の演奏会も、ここ数日の急激な流れの中で延期を決定。

 カイロから帰国したメンバーが、今度は東京を中心に、日本でも活動を開始してから三度目の定期演奏会。もちろん私が参加するのは初めて。今まではハンガリーやカナダからの一時帰国のときに飛び入りで練習に参加させてもらうだけだったけど、今回は継続的に練習に参加することができ、ステージ用のドレスまであつらえて、そして本番まであと数日、というところでした。

 でも、延期だから。中止じゃないから。まだチャンスはあるから…と、なんとか気持ちをもり立てていたその翌日の

2月27日(木) 安倍首相の

『全小中高校の臨時休校要請』

ついにキターーーー・・・!

って、つまり、全国の子どもたちみんなが学校に行かずに家で勉強?

みーんなホームスクーリング?

だったら我が家にはあまり影響はなさそうな話・・・と思いきや。

N中等部の秋葉原キャンパスに週1回通っている現在中3のみどりは、

結局このまま、せっかくN中で仲良くなった友だちともう会う機会もないまま卒業、というパターン。

ただでさえ、週に1回しか会えない友だち。でも今週の授業は今の状況を鑑みての「オンライン授業」となったのでキャンパスへは登校せず。来週も引き続きオンライン授業を行うとの連絡あり。

 卒業式に関しては予定通り行う予定というメールが届いているけれど、それも2日前のことなので今後どうなることやら。

 

「卒業式」できないの?

卒業までの大切な時間を、みんなと一緒に過ごすことができないの?

 ・・・・と、いったい何人の人が泣くに泣けない思いで昨日今日を過ごしているんだろう、と思うと胸の奥がぎゅ〜〜〜っとします。

 

 うん、わかる、わかる、その気持ち。

 

 でも。

 

 こうして衝撃ニュースが次々と流れて来る中で、確かにびっくりしたり、え〜?とか言いつつも、実は心のどこかで「あるんだよね、こういうことって」と思っていて。

 

 例えば4年前のブダペスト日本人学校

 直前に学校内で大流行したインフルエンザのために、在校生の半分以上が欠席、卒業生も一人出席できない状態で行われた開校以来初めての会場スカスカの卒業式

そのあとの学校閉鎖。年度いっぱいで帰国してしまう友だちもいる日本人学校で、最後の最後がインフルエンザとの闘いになってしまったこと。

 

 そして最後が尻切れトンボといえば、もうこれをおいては語れない、2013年7月のエジプトからの帰国。例の「アラブの春」のあの時期。日本人学校は6月末からの臨時休校となり、そのまま情勢が悪化し、我が家は夫の所属先の指示で退避帰国(二度目の!)の準備。子どもたちは学校の友だちにさよならも言えず、私も今まで一緒に過ごしてきた友人たち誰一人とも会うことなく、ひたすら荷造りをして(人生初の2晩徹夜)そしてそのまま7月9日に出国。

 いろんなものがブチン!「強制終了」状態。

 そんなことありえないでしょう!?? のオンパレード。

 で、気がついたら帰国していた、というあの記憶がこういうときに蘇ってくるようで

 

楽しみにしていた家族の一時帰国がなくなっても

本当にその日に向けてがんばっていたコンサート(定期公演)が延期になっても

我が子の中学校生活が尻切れトンボのようになってしまっても

 

「あるんだよねー、こういうことって。」

と、ふと思う。

というか、思ってしまう。

 

 

でも、その一方で

「このまま春休みなんてありえない!」とか

「無理!私たちの大事な時間を返せ!!」とか

どうしても思ってしまう子どもたちや先生方の気持ちもすごくよく分かる。

 

そして、

テレビの取材を受け、とても動揺しているという先生方や、目に涙を浮かべている先生なんかを見ると

明けない夜はない!がんばれ!!

と応援しつつ、でも

絶対に無理なことって意外と少ないんですよ(自分が無理と思っても回り続ける世の中に巻き込まれていくので・・・)

などと言ってあげたくなる。

 

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とにかく、今が正念場とあちこちで言われていますが、

敵が目に見えないもので、それへの決定的な対抗策が見つかっていない以上、かなり無理をしないと私たちには勝ち目はないのかもしれません。

  

もうひとりひとりが

ウィルスに対しては徹底的に自己防衛❢

それ以外の色々なことについては、「できること」「できないこと」を冷静に見極めて限られた状況下でも上手に処理していけるようお互い頑張りましょう。

この機会に、オンライン化など今後必要だと思いつつなかなか一歩踏み出せなかったものに目を向けて、思い切って新しいスタイルに挑戦、作業の効率化を図り本気の「働き方改革」をめざす、というのもいいかもしれませんよね。(あくまでも前向きに、前向きに···😁)

 

大丈夫、きっとまた前のような落ち着いた生活に戻れるから

そう信じながら、私はしばらくは大人しく、でも慎重に

そして、

こんな状況下だからこそ働かざるを得ない方々への感謝の気持ちを忘れずに生活していこうと思っています。

 

 

 さて、明日は大事な日だし。

そろそろ寝ようかな。