やっぱり『やもり通信』

海外生活一区切り。これからは日本の生活メインの内容になりそうだけど、タイトルはやっぱり『やもり通信』・・・で、いいかなっと。

この春、ついにデビューしちゃったかも・・・の話

4月ももうすぐ終わりますが、

今年の春はいつもとちょっと違ったかも。

 

2月の終わり頃、いきなり立て続けに「くしゃん!くしゃん!くしゃん!」と来た時には、時期が時期だし、普段はくしゃみなんてまず出ないのに…ってことで

え・・・?これってまさか。

と、まず思いました。

 

そして

この歳までなんとか無事に(?)春先のくしゃみ・鼻水・目のかゆみ…などとは縁のない生活をしてきたのに、(まあ、この時期必ず日本にいたわけでもないけど)

それなのに、やっぱり私も日本人の国民病とも言えるものとお付き合いしながらこの先の人生を歩んでいくことになっちゃうのー?

 

なーんて思ったりもしましたが

でもまあ、たまたまくしゃみが出ることだってあるしね。

 

と、スギ花粉飛来地在住歴の短さに支えられた(?) 根拠のない「自分は大丈夫心理」が、最初のうちはまだありました。

 

でも、その後も、いきなりの「くしゃん!くしゃん!」は、数日に1回の割合で起こり、

そのうち喉の痛みも出てきて、3月・4月は常にのど飴を切らすことができない状態に。

そう。上顎のあたりがとにかく痛いというか痒いというか。スーパーミントクールのど飴以外は全然役に立ってくれず、薬局でトローチ購入。

 

そして、ひどい鼻詰まり

いつまでも続く鼻詰まり

 

でも、目は大丈夫。

普通にコンタクトレンズ生活OK。

 

う〜〜〜ん。

これって・・・?

 

喉が痛いってことは、まさかコロナ?

 

・・・と、このご時世ですから、そういうのももちろんチラッとよぎったりもして

こんなの見てみたり。

www.ssp.co.jp

 

で、結局 先週の金曜日。

このへんのアレルギー科で、すぐにアレルギー検査をしてもらえそうなところを検索。すると、まさに今の私にぴったり!という病院が家から車で25分のところに。

しかもWebでその日の予約も取れる

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車で25分。

なんと住所は川越。

江原耳鼻咽喉科

[川越鶴ケ島坂戸江原耳鼻科アレルギー科]日曜も診療 Web予約 駐車場有

 

玄関の前は花でいっぱいで(なぜそこを写真に撮らない😑)病院に入るその瞬間に心が和むようなところでした。

 

さて、人生初の「耳鼻咽喉科」

内科、眼科、産婦人科、あとは人間ドックとか・・・なんだかんだで病院にはちょくちょくお世話になっているけれど、「耳鼻咽喉科」は初めて。(たぶん)

 

診察室に入ると、年配の男の先生が私の問診票から目を離し、「じゃ、ちょっと診てみましょうか。」

 

まず鼻。左右の鼻の穴の中を約2秒ずつ。

「ちょっと、口開けて。」 2秒

「次、耳 診るね。」 左右の耳の穴を、やっぱり2秒程度。

 

「アレルギーだね。」

 

・・・まるで「見る前から分かってたけど、一応、お約束なのでね。」と言わんばかりの10秒間診察(笑)

 

でも、何が原因かをしっかり調べたほうがいいとのことで(もちろん私もそれが目的で行ってたんだけど)検査のための採血をして

 

「結果は来週になるから。来週、また(結果を聞きに)来てね。」

 

あっという間に診察終了。

 

と、先生が

「じゃ、そっちで、あれやってってね。」

 

そっち?

あれ??

 

先生が「そっち」と言った方を向くと、診察室の壁際に図書室の自習用スペースのような仕切られたコーナーが4つほど並んでいて、それぞれの机の上に小さな箱のような機械が。

 

看護師さんに言われ、椅子に座り、壁に向かってその箱のような機械をみると、そこから短いホースのようなものが出ていて、その先には2つの突起。

「これは鼻に使うものだ。」と、ピンと来たものの、

さて、どう使うのか。

とりあえず、

2つの突起を、鼻に・・・・入れる??

 

でも、いきなりこれを鼻の穴に突っ込んじゃっていいの??

 

と一瞬、躊躇して、本当によかった。

 

先生が「あれ」と言っていたこの機械は鼻の詰まりを改善させるための吸入器のようなもので、蒸気と一緒に薬も出てくる、というものだったらしいです。

決して鼻の穴には入れず、蒸気が出てくる突起部分を鼻先に近づけていればそれでよろしい。

知っている人にとっては当たり前の、なんの迷いもない「診察の後のアフターケア」?くらいのものなんでしょうけど、耳鼻科初心者にはちょっとハードルが高かった…。

 

 

そんなこんなで無事、診察・検査も終わり

薬(抗アレルギー薬と漢方薬)をもらって

その日は近くのオサレなカフェで優雅なひとりランチをして帰宅。

 

今度の金曜日には検査結果をもらいに再度病院へ行ってきます。

まあ、九分九厘「花粉症です」と言われるんでしょうけど。

 

はぁ・・・

来年からは、こんな綺麗な花を愛でながら「くしゃん!くしゃん!」・・・という生活になるのかなぁ。

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20年目の献血 〜最近、献血してますか?〜

なんと20年ぶりでした。

以前はけっこう足繁く通っていたという記憶のある「献血」

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でも海外からの一時帰国中だと『帰国後4週間経っていない』という理由で不可、

数カ月日本にいた時でもどこそこの国に△年以上住んでいた』ということで、「今回は申し訳ないんですが・・・」と言われたことが数回あって。

 

でも去年の夏、県内の某献血センターで過去の渡航歴をすべて書き出してチェックしてもらい、スタッフさんに「大丈夫です」と 晴れて「献血のできる体」になったことをしっかり確認してもらっていたのでした。

(この日は事情により実際には献血できなかったんだけど)

 

なので先月、市の広報誌で「3月4日に市役所前献血バスが来る」というのを見つけたときは早速カレンダーに入力し、なんとなくワクワクしながらその日を待ったのでした。

自慢じゃないけど、昔から採血や献血のたびに採血しやすい血管だと看護師さんに喜ばれ(当時は “看護婦さん” と言ってたけどw)、血液の比重も十分高くて良い血だと褒められたり、他の人よりも短時間に終わったり・・・と献血に関してはいい思い出(?)が多く(笑)

人助けができて、自分の健康チェックもでき、そして飲み物なんかも飲めちゃう、という自分としては良い事尽くめに思える「献血ライフ」、ここ坂戸でいよいよ再開か〜 くらいに思っていたのですが。

 

20年の月日というのは色々な変化をもたらすものでありました。

 

市役所内の一角で受け付けを済ませ、問診を終えたあとの(※この問診がこの後のことにある程度影響してるかなぁとは思うんだけど)血圧チェック

 

「実はかなり久しぶりなんで〜・・。」なんて言いながら保健師さん(たぶん)の正面に座り、「ちょっと高めなんですけど、高すぎたら(献血)できなかったりするんですよね?」と聞く私に、「そうですね。この基準から外れてしまった方の場合はご遠慮いただくこともあります。」

そう言いながら指差した基準が

最高血圧:90mmHg〜 180mmHg

最低血圧:50mmHg〜110mmHg

 

「上が180? なら大丈夫かな(笑)」

・・・いくらなんでもそこまで高いことは今までなかった気がするので、軽く答えたのですが。

 

 

まさかの180超え

 

「あ、ごめんなさい。話しかけちゃったりしたからですね。もう一度測りましょう。」と笑顔で軽く流してくれた保健師さん。

 

「ちょっと深呼吸をして…、測定中も静かにゆっくり呼吸してくださいね。」

 

 

しかし。

事もあろうに、今度は201

 

マジか!?

こんな数字、さすがに見たことないけど。

 

「やっぱりこういうところだと緊張されちゃう方も多いんですよね。緊張すると血圧もあがっちゃいますし。」とフォロー上手な保健師さん。

 

いやいや、どっちかと言うと私はワクワクしながら来た口なんですが・・・

でも、私、緊張してるの??

 

結局、4回測定して、4回ともアウト。

上がなんとか160台になったと思ったら、下が110オーバー…とかそんな感じで。

 

 

横の方で15分くらい座って待ち、それから再度測定、というのを「もし時間があるのなら…」と遠慮がちに提案してくれた保健師さんの言葉に従い、

せっかくこのためだけに車を10キロも走らせてきたので、とりあえず15分待ってみることに。

 

後ろの方の椅子に座り、血圧測定の前の問診で、ついイラッ・・・!としてしまったのが原因?? などと思いながら静かに待つ。

 

 

だって、夏に別の献血センターで細かく調べてもらって渡航絡みでの縛りはなくなったって言われたのに

そして、日本に帰ってきてからもう2年以上経ってるって伝えたのに。

「ちなみに…その時はどちらから帰国されたんですか?」

「ヨーロッパにいらした時期は何年頃ですか?」

「ほかに1年以上住んでいた国ってあります?」

・・・・って、結局、また全部ここでも確認しなきゃいけないわけですか???

と。

まあ、そういうものなのかもしれない(日本は)って思っても、

単純に面倒くさい。

 

そして、やっとそこが終わったら今度はモニターに向かって「同意書」(?みたいなもの)にチェック。画面に出てくる質問にタッチペンで「Yes・No」で回答。

質問の詳細はもう覚えてないけど

・1年以内に海外旅行しましたか? とか

・2017年以降に◯◯や△△の国に住んでいましたか? とかいう内容で

これも、さっき目の前でスタッフさんに聞かれたこととほとんど同じ。

しかも

「何年〜何年の間に」とか

「何年以降」とかの質問があるたびに、やっぱり一応、頭の中で確認。

それがひどく面倒くさい。

久しぶりの献血だから仕方ないにしても、毎回こんなんだったら献血なんてする人いなくなっても不思議ないわ〜〜・・・・

 

くらいに思ったあとの血圧測定だったんだけど

こういう「プチ・いらいら」も血圧には影響するんですかね・・・

 

さて、15分の休憩(?)後、5回目の測定。

 

 

正確な数字は忘れたけど、なんとかクリア。

 

やーーーっと外に待つ献血バスへ。

 

前の乗車口から乗り込むと、いきなり目に飛び込んできたのがこのポスター。

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S.A.Oソードアート・オンライン)が日赤とコラボしてるーー

 

「これ、若い人たちへの広報用ですか?」

 

我が家には、明らかにこれに反応するであろう中2男子がいるもので、つい聞いてしまったら、

献血終了後、りんごのパックジュースと一緒に「こちらもどうぞ」と…

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いただいてしまいました、クリアファイル (^_^;)

でも、よく考えたら献血できるのって16歳以上。

こんなふうに大々的に使われてるってことは、高校生や大学生たちにも効果(人気)があるってことなんでしょうね。

すごいぞ S.A.O.

 

ほかにも「ご協力ありがとうございました」と手渡された袋には

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歯ブラシに不朽の洗濯石鹸《ウタマロ》!(実物を手にしたのは初めて)

 

今日の献血の記録が印字された「献血カード」も受け取って本日のミッション完了。

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この「献血カード」、デザインは昔のままで全く違和感ないんだけど、

でも今は「二つ折り」じゃなくて1枚のカードになっているのがまだ慣れない。

でも、献血記録が裏面に印字されていくスタイルが、一昔前のイオカード(JR東日本のプリペイドカード)みたいでなんだか懐かしさを感じてしまいました。

 

せっかく比較的質のいい(?)血を持っているのだから(今回も比重はバッチリでした✌)これからは積極的に献血活動していくぞー。

 

そのためには「血圧の安定」を心がけねば…ですが。

びわ湖毎日マラソン ・・・からの「感動」とか「思い出」とか

ほぼ1年前からもう何度も繰り返されている「特に予定のない日曜日」だった昨日、

テレビをつけたら、画面いっぱいのランナーの姿。

「今日、マラソンあったんだっけ?」と画面の端に目をやると びわ湖毎日マラソン

 

おぉ!びわ湖??

びわ湖もいいよなぁ〜〜・・・

 

去年の夏に『オンライン・マラソン』なるものを知ってから

東北の各地方、北海道、長野の駒ヶ根、おきなわ、それにまだ見ぬ伊勢志摩エリアなどあちこちを身近に感じ、図々しいけど実際に走りに行ったような気分にも “ちょっと” なったり、あるいはプチお里帰り気分を味わったりしているのですが(笑)

完走後に届く「参加賞」〜ご当地食品など〜  を手にするたびに

あぁ、いつかはリアルでこのコースを走ってみたいなぁ… などと、やはり思うわけで。

 ※オンライン・マラソンの中には、毎年全国各地で実際に行われているマラソン大会がベースになっているのが多いので(そして私は敢えてそういうのを選んで参加しているので)実際のコースを地図や動画で見ることができてそれもまた楽しい。

 

 なので、

日本一のびわ湖の周りを走るマラソン!

そういうものいいなぁ

いつか機会があったら・・・

 

な〜んて妄想が広がりかけたのですが、

 

レースの解説者さんのお話で

この『びわ湖毎日マラソン』は今年でなくなってしまう(来年からは大阪マラソンと統合される)と言うことを初めて知って軽いショック。

 

でも、実はそういう次元のお話でもなく、

そもそもこの大会は「男子マラソンレース」で

“オリンピックや世界選手権レベルの代表選考を兼ねた参加資格がめちゃくちゃ厳しい大会”ということや

なので、市民ランナーも大勢参加できるようなイマドキのイベント的要素の強いレースではなく、昔気質の真剣勝負エリート・レース”

ということも初めて知って

妄想を広げることなく、おとなしく応援に徹することにしました。

 

 

そんな今回のびわ湖毎日マラソンで、日本人選手としては初の2時間4分台が出た、というのはもう皆さんご存知のことと思いますが、

 

ぶっちぎりの強さを見せた鈴木健吾選手は当然のこととして

私の印象に深く残ったのは下村さん川内選手

 

下村さん(=下村悟選手)はメディアでもかなり取り上げられていたようですが

この『びわ湖毎日マラソン』の最多出場選手。

地元出身で普段は普通に仕事している一般人(という言い方が正しいかは分かりませんがレース解説者もアナウンサーも「下村さん」と “さん付け” で呼んでいました)

今回がなんと18回目の参加・・・参加資格がかなり厳しいというこの大会に18回も出続けているってすごくない?

と思ってその参加資格を調べてみたら

 

過去2年以内に

  1. マラソン: 2時間30分以内
  2. ハーフマラソン: 1時間10分以内

びわ湖毎日マラソン大会 || 大会概要

 

・・・・って、全然普通じゃないレベル💦

いや、これが参加資格の一部・・・って、笑ってしまう。

この記録を18年間もキープ??

すごすぎる。

 

その下村さんは、2時間29分台でゴールして

300位。

2時間半切る人が300人以上…って、なんという怪物レース💦

そんな世界に18年も・・・・

そして、その思い出の詰まった大会でのラスト・ラン。

どれだけの想いがこみ上げてきたことでしょう。

あぁ・・・すごい人がいるもんだ。

 

 

そしてもうひとりが川内優輝選手

そう、8年前にエジプトで一緒のコースを走った・・・

というのは話を大きくしすぎです。すみませんm(_ _)m💦

 

2013年のルクソール・マラソン(エジプト国際マラソン)

あの“パスポート”のときの…というと思い出す人も多いかと思いますが

もう8年前になるんですねえ。

www.shikoku-np.co.jp

 この時に、彼のものすごい走りを目の前で見たり、一緒に写真を撮ってもらったりしたので、

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👆奇跡の1枚。はるか遠くに素晴らしいフォームで走る人を見つけ、これは!と思って、目の前で1枚シャッターを切ったら、そこに川内選手が飛び込んできた。

 こういうのがあるとやっぱりいつまでもとても身近に感じてしまいます。

 

 で、この川内選手

前半は上位グループには姿が見えず、

それが鈴木健吾選手の日本新でゴールして、まだみんな興奮状態の時に

10位でゴール!

えぇ? いつの間に??

という感じだったので、あとでレース記録を見てみたら

折り返し点を過ぎたあたりでも上位25位に入っておらず

30キロ過ぎに22位

35キロで14位

40キロで9位・・・

さすがベテラン。

伊達にギネス記録は持ってない! となんだかものすごく嬉しくなってしまいました。

「マラソン2時間20分以内における最多完走数|Most marathons completed under 2 hours 20 minutesということで2018年にギネスの世界記録を達成。

今現在「2時間20分以内での完走レース」はすでに100レース超え😳

そして今回の2時間7分台という記録も、実に8年ぶりの自己ベスト更新だとか。

 

ん? 8年前ってことはルクソール・マラソンの年?

 

と思って調べたら、なんとルクソール・マラソンの2ヶ月後だったようで。

2013年は、当時「市民ランナー」として独自路線を激走していた川内選手の、特に勢いに乗っている時期だったんだなぁ。

 

 と、70年以上続いた歴史に幕を下ろすこととなったびわ湖毎日マラソンの素晴らしいレースを見ながら、あれこれ思ったり思い出したりしたのでした。

 

そして、ここまでしっかりとしたレースが(感染対策を行いながらも)実施できている、という事実がある以上、

やっぱりオリンピックは無理じゃない?

なんてことは・・・

 

言えないよなぁ

 

っていうか、言いたくないよなぁ・・・

 

と思っている今日このごろです。

 

 

hiragam.hatenablog.com

 

 

 

 

10年目の「1月25日」

10年って、こんなにあっという間に過ぎるものなのか・・・

そう思いながら今日一日を過ごした2021年1月25日

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 結婚してから使い始めた『10年日記』が今は2冊めなんですが、

この『10年日記』ってとっても便利。

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1ページに毎年同じ日付の記録が残されることになるので、

1ページ開くと10年分の「その日」のことがまる分かり。

 

2011年1月25日は火曜日で

“予定通り(?)MUBARAK, NO! のデモが予想以上の勢いで決行され・・・しかも基金(当時の夫の職場)の目の前のあの通りで…。”

  この2日後に私と子どもたちはルクソールへ行き、ほかの日本人仲間も一緒に「ルクソール・マラソン」に参加していた、という・・・そしてその帰りに…というあたりから私のこのブログはスタートしています。あの最初の退避帰国の経験がなかったら、このブログも始まっていなかったかも、という歴史的な(?)出来事の始まりでした。

 

その下の段には翌2012年1月25日(水)

“あの日から1年・・・と誰もが思っているだろう日。午後にちょっと近所に買い物に出た以外は家にいた。 とりあえず平和に一日が終わろうとしている模様。タハリールにはかなりの人が集まったようだけど。”

 

2013年1月25日(金)

“8時頃起床。ひとりでお目覚め”

 この日は、前日から夫と子どもたちの3人がカイロ在住日本人がお世話になっていたエレガント・ボヤージ土山さんのツアーで「ポートサイード〜スエズツアー」に行っていて、実に「6年ぶりのひとりきりの時間」を過ごした・・・という日だったらしい(笑)(なんで「6年ぶり」なのかは不明)

で、あの混乱から2年経って、こうして地方にツアー旅行に行けるくらいになっていたのね・・・と思いきや

“夕方、3人、ポートサイードより《無事》帰宅”

なんでも途中の市場かどこかを散策中になんだか状況が怪しくなってきて、観光の一部を省略して警察の車か何かに先導されながら予定より早くカイロに戻って来た・・・ということだったような。

“ラジオからは耳慣れた曲が次々と流れてきた。『1月25日』ということで”

これは、たぶんこの曲のことだな。

www.youtube.com

 うわぁ・・・・・懐かしくて涙が出そうだ。

 レコード的な表現を使えば、あの頃「擦り切れるほど聞いた曲」

 

 

2014年1月25日(土)

“先週に引き続き大人はジョギング、子どもはサッカー”

ブダペストでの生活が始まって2カ月ちょっとが過ぎた頃。平和な日々。

でもやっぱり  

“今日は大丈夫だったかなぁ。やっぱり春休みは無理かなぁ〜〜。私、諦め悪すぎるのかなぁ”

カイロでの生活が思いっきり尻切れトンボで、誰にもお別れを言えないままの帰国だったので、春休み帰省計画 to Cairoを真面目に考えていた時期。

 

 

2015年1月25日(日)

“またやってきた1月25日。シリアの人質事件のことでなんとなく世間からは忘れられている感じになってる印象の1月25日。それでもやっぱり今年も命を落としている人がいる。そして私は、やっぱり今年も「無理かなぁ…」などと考えている”

ブダペストからカイロは飛行機で3時間ちょっとという距離なのに、とっても遠くに感じていた時期。

 

 

2016年1月25日(月)

“図書ボラ。(※日本人学校の図書ボランティアの活動)ゆうべ3時間ちょっとしか寝てない体で朝から6年生に読み聞かせ”

ブダペスト生活にもすっかり慣れ、カイロに帰りたい病の発言は書かれておらず。でも最後に

“カイロは平穏だったようす”

 

 

2017年1月25日(水)

“月曜の代休のミリポップ(※ブダペスト市内の室内遊技場)メンバーからもインフル出ました〜!うちは今のところ二人とも大丈夫だけど”

 この年はこの時期にインフルエンザが流行っていたらしい。インフルエンザの大流行で在校生70人中40人、卒業生も1人が欠席となった伝説の(?)日本人学校の卒業式はこの前の年。

“再びめぐってきた1月25日。「1月25日」がどんどん「普通の日」になっていくね。”

 

 

2018年1月25日(木)

“今日が「1月25日」だということを忘れていた自分にびっくり。きのう走ったせいか今日はびみょーに体がだるく・・・” 

カナダのエドモントンで初めての冬を迎えている時期。

 

 

2019年1月25日(金)

 “片付けもあるのに、草太と運動したあとジョギングがてら買い物に。”

 この “片付け” は荷造り。事情で私と子どもたちはカナダを引き上げることになったので、一時帰国中の日本から10日ほどエドモントンに戻っていた時期。エジプトからの引き上げのときに比べれば一週間以上も荷造り期間があるなんて余裕じゃん!・・・とけっこう何人にも言われたけど、まあ、こんな時期だったこともあり「1月25日」については全く触れておらず。

 

 

2020年1月25日(土)

“久々のたちかわクリニック。そのあとヤオコーで買い物をしてから永源寺へ。”

 去年のこの時期は日本。今、住んでいる坂戸で、お義母さんと病院に行ったあと買い物に行ったらしい。今は病院行っても、義母と一緒の時は感染予防のため直帰ですが。・・・その後お寺に行っているのは、義父も長く運転していたダイハツネイキッドの廃車の日が数日後に迫っていたので、義母と一緒に「黄色い愛車とのお別れ」を報告に行ったんだな、確か。

 翌日は日帰りで静岡に遊びに行くことになっていた日のようで

“そして‼ 明日は新幹線!” とかなり舞い上がっていて

「1月25日」には全く増えておらず。

 

 

2021年1月25日(月)

そして、今年。

まさか10年目のこの時期にエジプトでハンドボールの世界選手権が開催されるなんて、いったい誰が想像していたでしょう。

 

 スポーツの世界選手権。

 しかも、ハンドボール

 カイロのあとに住んだブダペストで出会った、と言っても過言ではないスポーツ。

 

 初めてブダペストでハンドボールの試合を見たのは2015年2月11日でした。

 あの日から6年近い時間が流れた今日

 アラブの春から10年、と言われた1月25日の23:30から

 メインラウンド(2次リーグ)に進んだ男子日本チーム《彗星JAPAN》は最終戦であるバーレーン戦にのぞみます。

 エジプトの地で。

 

と、ひとりでこの10年を振り返り、感慨にふけっている…

 

と言いたいところなのですが、

 

 

もうあと10分ちょっとで試合が始まる!

がんばれ、ニッポン🇯🇵

彗星JAPAN‼‼‼‼

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 【後日追記】

試合は、見事に勝ちました!! 29−25

観ていて嬉しくなるような試合でした😆

日本は出場32チーム中19位!

前回大会は24チーム中24位という成績だったそうで(2年前のこの時期は大会の存在自体知らなかった💦)今回は大躍進!🤾‍♂

 

 

 

 

2021年 今年もTATTAと走り、コバトンと歩こう

🎍新年あけましておめでとうございます

・・・と、ちょっと遅めのご挨拶。

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     ※初日の出ではありません。とある日の夕陽。

 

 期待や想像とはあまりにもかけ離れた、驚きの2020年があっという間に終わってしまい、あらら…と思っているうちに新しい年が始まってそろそろ一週間

・・・などとのんきに言える自分は恵まれているんだ、と自覚せねばと思いながら今年最初のブログを書いています。

 

 大晦日から年明けにかけて、全く減らない感染者。

ほぼ1年近く、ほとんど休み無しでずっと張り詰めたまま仕事を続けている人がいるかと思うと本当に頭が下がります。

 これからの一日一日が少しでも良い方向へ向かっていくものでありますように・・・。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 とにかく必要以上の外出はせず過ごした2020年は

振り返ってみると、多くの人がそうであったように

今までできなかったことが(時間的な余裕のおかげで)できるようになった年でもありました。

 

その筆頭が「走ること」「歩くこと」

 

「走ること」は、このブログでも何度か書いたので、ここでは長々書かないように・・・とは思っていますが。(笑)

 

◉きっかけ夏の暑い頃に始めた(というか夫が見つけれくれたw)『オンライン・マラソン』…って何?という方は👉 https://bit.ly/2Lm0JNo

 

◉モチベーション維持:一人で走るのに、こんなに維持できるとは自分でも本当に驚きでした。なんと言っても(参加料を払っているとはいえ)レース後に

こんなのや

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(どちらも 【東北みやぎオンライン復興マラソン】(第1回&第3回)の参加賞)


こんなのや

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【札幌マラソン2020】の参加賞)

 

こんなのや

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【信州駒ヶ根チャリティーマラソン】の参加賞)

 

こんなのが送られてきて

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【伊賀上野シティマラソン】の参加賞)

 

健康維持を後押ししてくれた上にこんなご褒美まで??

と、なんとも得をした気分になってしまい、また次のレースを見つけてエントリー・・・というのを8月から年が明けた現在まで延々と続けています。

 

あ、ちなみに年越しそばはこちらを美味しくいただきました(^^)

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そんなことをしながら、来年(というか、いつか)は現地にリアルRUNに行きたい〜などと想いを馳せたりして・・・

 

ということで、

 

1.累計でフルマラソンやハーフマラソンを“完走”できる(開催期間中に細切れでもOK)。もちろん一発勝負にするのも自由。➡常に分かりやすい目標が立てられる。

2.実際の大会より参加費は安い。そして現地へ行くための交通費もかからず。

3.ランニング・アプリに走った記録はすべて残るので、その記録(蓄積)を眺めているだけで達成感じわじわ。

4.全国各地の大会に参加して、あちこちの特産品をGETできる。

 

これだけで不思議とモチベーションが維持されているようです。

特に、一番比重が大きいと思われる4番をより充実させるために、エントリーする大会を厳選する、というのが大きなポイントかとは思いますが。

 

 

◉さらにその先へ(!?):あれこれエントリーしていた中で、累計走行の大会と思ってエントリーしたら、実は「1回で(ハーフを)走ること」というルールだったのが10月の札幌マラソン。あちゃ〜と思ったけど、それがきっかけでその後も20キロくらいの距離も何度か走れる感じになってきたので、

今年は毎月1回くらいはハーフを走る。

1ヶ月の走行距離80キロ以上を目指す。

を目標にやっていくぞーというのをここに書いておこう・・・(自分のために)

 

🏃‍♀🏃‍♀🏃‍♀

 

そして、この「走ること」が(自分の中で)盛り上がってくれたことと

やっぱり時間に余裕ができたおかげで、去年は《コバトンの健康マイレージ》

つまり「歩くこと」の成績も俄然よくなったので、これもこのまま維持させたいな、と。

kobaton-mileage.jp

結構あちこちの市区町村でも似たようなのがあると思いますが、

万歩計のデータ(歩数)がポイントとなって貯まっていって、ポイントに応じて豪華賞品の抽選対象になる・・・とか、そういうやつです。結構いいお肉とかお米が当たったりするそうです。まだ当たったことないけど。

 

 申込みが完了すると小さな「万歩計」が送られてくるので、毎日それを肌身離さず持ち歩き、ちょっと長い距離歩いたかも、と思ったらすぐ歩数チェックとかしちゃったりするんですが。(👇10,000歩を超えると左隅の人型がバンザイをして喜んでくれる)

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でも目標の「一日1万歩」って以前(コロナ前)は、まず達成できたことがなくて。

「1万歩」ってだいたい6〜7キロ。

普通の生活で6キロ・・・いや、なかなかそんな距離歩きませんって。

 

それが「新しい生活様式」になってからは2キロ先のスーパーまで歩いて買い物・・・なんてのもありになって。

と言っても荷物が多いと帰りが辛いのでしっかりとした買い物はできず、あまり実用的な歩数稼ぎとは言えないので最近はご無沙汰。

 

義母の運動のため、週に数回は近所を一緒に散歩しているので、それで2,000歩近く稼げ、近所の郵便局、コンビニなど(1.5km先はもはや「近所」)はもちろん徒歩。

それに5kmくらい走ったら「あらっ今日は10,000歩達成!」という日が確実に増えました。

こちらも今までの歩数記録をウェブページで確認することができるので、モチベーションアップに繋がります。

 

 

 こんな感じで「新しい生活様式」の中、ぐいっと前進した「歩くこと」「走ること」のペースを2021年も無理せずキープしていきたいと思います。

・・・というのを、新年の最初にここに書いておこう。(自分のために)

 

 

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まるで振り出しに戻ってしまったかのような “2020年” 最後の日に。

 

いや、ホント

このまま終わってしまうんですね、2020年。

 

まさかまさか、よもやよもやの1年だった・・・

 

世界中の多くの人がそう思っているんじゃないでしょうか?

 

そりゃ、今までだって

大きな自然災害や、

痛ましいテロ事件や、

日常生活が崩壊してしまうようなことは世界中のどこかで

(残念ながら)必ずいつも起こっていたけれど、

 

でも今までは、

“当事者ではない国” が必ずあって

そういう国から緊急援助隊が飛んできたり

遠くの国の人々が「頑張れ!」とメッセージを送ってくれたり 

変な言い方だけど、どこかに必ず応援してくれる人、見守り支えてくれる存在があって。

 

ところが今回は世界同時進行

 

いや、時間差や程度の差はもちろんあったけど

恐らく世界中ほとんどの国が“当事者”になってしまった、ということで

 

“2020年” はとんでもないインパクトを世界中の人に与えた年になってしまいました。



そして、今思うことは

 

仕事を失った人とか

家族を突然失った人が数え切れないくらいいて

どうにもならないくらい大変な状況の中で

もがいて模索して、がむしゃらに頑張った人も多かった中で

 

私はそういう人たちと比べると申し訳ないくらい

平穏に過ごしてしまったなぁ、・・・ということ。

 

もちろん、楽しみにしていた演奏会の中止(…じゃなくて「延期」。きっとリベンジの機会はあると信じたい)とか、せっかく日本にいるのに北海道の実家に一度も帰れないとか残念なことはあったし、

 

インドに赴任するはずだった家族が未だに国内待機(リモート赴任はしてるけど)という想定外のことも起こっているけど

 

でも

出かける用事がなくなった分、ほぼ毎日午前中に義母と近所を散歩する習慣ができて、ご近所の季節の移り変わりをもうたっぷり味わってしまったり

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オンライン・マラソンなるものに出会って今まで以上にジョギングの機会が増え、なんだか妙に健康的な生活が送れていることを考えると、少々フクザツな心境になったりもします。



働きたくても仕事がなくなってしまった人や

休みたくても決して休めずギリギリの状態で毎日を送っている人や

何かしなくてはと、とにかく前に進もうとがんばる人たちの姿を

メディアを通してだけではなく

友人の「日常生活の報告」などからもリアルに知ることができる中、

 

世の中の誰の役に立つわけでもなく、

ただただ散歩して、家の仕事して、時々走って。

 

「何か自分にできることは?」などと、まぁ考えることはあっても特に行動を起こすこともなく。

 

そのうち

どんどん時間は流れて、あっという間に12月?



ほんとにもう今年、終わるの??

 

そんな感じ。



今となっては

1月にカイロ時代の友人たちと都内で集まって食事をしたことと、

同じく1月に、えいや!と静岡まで日帰りで、友人が所属する劇団の公演を見に行ったこと、

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この2つが燦然と輝く「オトモダチとの交流」となってしまったので

あぁ、本当にあの時行っておいてよかった(TOT) と心の底から思ってしまうのであります。

 

あとは徹底的に「(身近な)家族との交流」の年でした。

とは言っても、夫と息子はひとつ屋根の下には住んでおらず。

 

やっぱり

2020年は自分史的にも大きなインパクトのあった年、と言えそう。





そんなコロナはもう厄介者でしかないのかと言うと

 

こんなこと言いたくないけど

 

例えば

この1年でキャッシュレス化が一気に進んで、カード一枚持っていればだいたいどこででも買い物ができるようになった、とか

たぶんコロナ後は、首都圏のあの殺人的な満員電車というものは過去の遺物 となるんじゃないか とか

そして

 自分にとって何が大切か、何が本当に好きなのか、何が無いとこんなに困るのか、さみしいのか…などに気づくことができた、という声をたくさん聞いたり

 

こんな一年があったからこその(ありがたい)「変化」、「進化」も確かにあって。

 

だからやっぱり前に進むしかないんだろうな…と、漠然と思ったり。


・・・・・・・・・・・・・・・

今年の2月に書いた

《どんなに想定外のことが起こっても、心のどこかで「でも、あるんだよね、こういうことって」と思ってしまう自分がいる》ということ。

 

今でもそういう気持ちはあるけど

でも、それにしたってまる1年そういう日々が続く、というのはちょいと長過ぎる・・・気がする。

 

そして、意外と自分が “おこもり生活” も大丈夫なタイプだと知ったのは大きな収穫だったけど、「更にもう1年」はちょっと無理かも、という気がする。

 

 

コロナ騒ぎから1年が経とうとしているこの時期に

感染者数増加やら変異種の確認やら

まるで振り出しに戻ったような、いや対コロナ戦としては却って悪くなってるようだけど、でも

 

明けない夜はない  そう信じて、もう少し頑張るしかないのかな。

 

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みなさんにとって2021年が

「2020年よりは良い1年だった。」と言える年になりますように。

(年の瀬にこんなこと思うことって今までなかったよなぁ…)



そして、オリンピック

 

賛否両論あるのを承知の上で。

やっぱり私はやってほしいです

どんな形であれ。

今の私たちがイメージしているものとはたとえ大きく違ったとしても。




『ざまーカンカンかっぱのへ〜』

突然ですが。

さっき、16歳の娘みどりと何気ない会話をしていた時に、何かの流れで頭にポッと

『ざまーカンカンかっぱのへ〜〜』というのが浮かびました。

 

これが何か自分でもにわかには分からなくて、

なんでこのフレーズが浮かんだのかも今となっては思い出せないんだけど、

当然みどりは「なにそれ?」という顔。

一応、「やっぱり聞いたことない?」と聞いてみると

あっさり「知らない。なに? カッパ??」

 

たぶん子どもの頃に(⬅私自身が)流行ったギャグかなんかのはず・・・

という気はするんだけど、どうしても思い出せず。

 

とりあえずAlexaに聞いてみることにしました。

まず、みどりが「アレクサー、『ざま−カンカンかっぱのへ〜』って何?」と聞くと、

「ウェブで調べたので翻訳します」と言ったあと、Alexaは涼しい顔で…いや声で、何やら経済学に関するようなことを滔々と話し始めました。

 

なんじゃ、こりゃ??と思いながら、今度は私が

「アレクサ、『ざまぁ、かんかん、かっぱのへー』ってなぁに?」と、もう少しゆっくりはっきり聞いてみました。

すると

「トラブル(不具合って言ったかも)が生じています。もう少々お待ち下さい」

 

なにこれ・・・こんなこと言うんだー・・・?

と思いつつ、今度はGoogleさんに。

と言っても、今ここには “話しかけて答えてくれるGoogleさん” は居ないのでパソコンで検索。 

 

すると、

キタキタキター・・・

 

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一番上の “この世で一匹…”というのが目に入った途端、

わかった!!

ど根性ガエルだ〜!

ということで、テーマソングの最後あたりにこのセリフがあると確信した私は

 

「そうそう!この歌に出てくるんだったわ〜〜!!」

と言うなり、

♬ぴょこん、ペタン、ぴったんこ

 ぴょこん、ペタン、ぴったんこ

 トノサマガエル アマガエル カエルにいろいろあるけれど〜♫

 

と、まず歌ってみました。

もちろん、横で固まっているみどりに聞かせるために。

歌っているうちに、さっきの『ざまーカンカン・・・』が出てくるだろうから、そこで

「ほら、ここで出てくるんだよ。」ときちんと示して一件落着・・・

 

のはずだったのに。

 

♬どっこい生きてる シャツの中〜〜♫

 

あれ?

最後まで来ちゃったけど、出てこない・・・

 

これは、いったい??

 

となったところで、初めてこちらのブログの中身を読んでみました。

 

なんと15年近くも前に書かれたブログ記事のようで、

これが書かれた時って、みどりまだ2歳にもなってない。

ついでに言うなら草太、生まれてない・・・などと思いながら

 

いつの時代にもいるのであろう “アニオタ”の香り漂うブログ記事をずずーーっと読んで、『ざまーカンカン・・・』は、記憶にしっかり残っていたオープニングのテーマソングではなく、エンディングの方の歌詞に使われていたことを知りました。

 

エンディングの方は全く覚えてなかったんだけど、今、ググってみたら

いや、懐かしい・・・

https://www.youtube.com/watch?v=lIxtmO61mcs

 

今、これを読んでいる人で、アニメ『ど根性ガエル』のエンディングテーマをすぐに歌える人って何人くらいいるんだろう・・・

 

って、そんなことはどうでもいいんだけど、

 

この『ざまーカンカン・・・』について書かれたブログの中で、

ブログ主(⬅やけにこのアニメのことを事細かに覚えている人らしい)が、

「主人公ひろしの苗字が思い出せないので、知っていたら教えてください」などと書いていて

 

あと最後に、ブログというものを書き続けるのってホント難しい。長く続けてる人を尊敬してしまう というようなことを書いていて、急に親近感覚えちゃったので(2ヶ月も放置するつもりは、私もなかった・・・)

 

どなたかアニメ『ど根性ガエル』の主人公のひろし君の苗字を知っている人が居たらこちらのブログにコメントしてあげてくださーーーい!

 

と呼びかけるつもりで、2ヶ月以上ぶりにブログを書いてみたんだけど。

 

 

これを書きながらちょっとググったら、Wikipediaにしっかり書いてあるし〜…。

ja.wikipedia.org

でもこのブログ主さんがこのブログ記事を書いた2006年当時は、Wikipediaの内容もここまで充実していなかったのかも。

 

 ということで、

久々のブログが、一体何が言いたいのか分からないものになってしまったけど、

これを読んだ人の中に『ざまぁカンカン河童の屁ぇ〜』を聞いて

懐かしいわぁ〜とほっこりする人や(・・するか?)

なんとなくこの流れで

『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!』

とか

『テクマクマヤコン・テクマクマヤコン』

とか

あれこれ思い出したりして、しばし楽しい気分に浸れた人がいたらそれでいいです、私は。はい。