やっぱり『やもり通信』

海外生活一区切り。これからは日本の生活メインの内容になりそうだけど、タイトルはやっぱり『やもり通信』・・・で、いいかなっと。

ここはエジプト。 だから学校にもラクダ。

 カイロ日本人学校も3月19日から春休みに入り、
 我が家はめでたく桜の季節に一時帰国をしておりますが、短かった3学期を振り返った今、その中でとても印象に残った出来事がありましたのでちょっとご報告。


 2月8日(金)
その日はカイロ日本人学校の学校開放日でした。

 私たちが小学生の頃は「授業参観日」というものがあり、その日の決まった時間に家の人が教室にやってきて授業を見学する・・・というちょっと緊張しつつもワクワクする日が年に何度かあったと記憶していますが、最近はその日一日、あるいは午前中の都合のいい時間の授業を自由に見学できるというスタイルの参観日が増えているそうで、ここカイロ日本人学校ではそのような日を“学校開放日”と呼んでいます。
 午前中の4コマの授業のうち興味のあるものを自由に見ることができ、自分の子どものクラスだけではなくどのクラスでも出入り自由。 なので兄弟姉妹が通っている場合は、お父さんお母さんもいくつかの教室を適度に行ったり来たりできるわけです。

 初めてこの名称を聞いた時「地域の人たちのために学校を開放して施設を色々使わせてくれる日??」と思ったのですが、そうではなく “ひと昔よりも、より見学の自由度の高い授業参観日”ということのようです。


 さて、各学期に1回ずつ行われる学校開放日
2月8日金曜日(休日のためお父さんも参観に来やすい日)に設定された今年度最後の学校開放日を前に、みどりが持ち帰った学級通信を見て、思わず「うわっ!」

『図工の時間にはラクダの写生をします。本物のラクダが学校に来てくれます。お父さん、お母さんもよろしかったらぜひご参加ください』
というようなことが書かれていました。

 ホンモノのラクダがモデルとして学校にやって来る!!

 地味だけど、ピラミッド持久走に匹敵するほどの『エジプト度』。 
 こういうことは大歓迎^^  早くも2,3時間目の図工の時間が楽しみに。


 2月8日(金)
我が家はとりあえず1時間目の体育から見学しようと、家族3人で早めに学校到着。
体育館で1,2年生合同の体育の授業『ボールシュートゲーム』(小学校低学年生用のバスケットボールあるいはポートボールのようなもの)を見ていると、1年生の担任のT先生が、我が家ともう一組早めに到着していたEさん家族に近づいて来て、こっそりと

「あのー・・・今、ラクダがグラウンドの方に到着しましたので、よろしかったら今のうちに記念撮影でもなさってください。このあと皆さんいらっしゃると混雑すると思いますし、2時間目からは(図工の)授業になってしまいますので・・・」
 
 カイロ滞在歴2年5ヶ月。
 ラクダに乗ったこともあるし、もちろん一緒に写真も撮ったこともある。
 正直言って今さらラクダが珍しい、という我が家ではありませんが・・・

 でも、ここは学校。ピラミッドの前ではなく日本人学校のグラウンドにたたずんでいるラクダというのは、今のところ見たことは無く。

 一応、みどりのチームが休憩しているタイミングを見計らって、いそいそとグラウンドへ。


 いました、いました。
 Eさん家族、さっそくラクダに乗っての記念撮影中。

 

 続いて我が家も。


 けっこう大股で歩くので、背中の揺れは大きいようで・・・。


 1時間目の授業の最中に、いくつかの家族がラクダ引きのおじさんの指導のもと無事グラウンドでの記念撮影を終え、
いよいよ2時間目。図工の授業の始まりです。

「全体を書こうとはしないで、どこかに注目して、そこをしっかりとらえて書くようにしましょう」と、T先生からのアドバイス。

 1,2年生の12人(・・・だったかな?)は、それぞれ思い思いの場所からラクダを取り囲みます。

真剣に取り組むお母さんの姿も。



 先生の話をしっかり聞いていた子どもたち。顔のみ、首の部分のみに注目した大胆な「ラクダ画」が出来上がっていきました。


 


 2時間の図工の時間はあっという間に終わり・・・

というか、全員がおおまかなデッサンが仕上がったところで一旦休憩して、
折角の機会だから・・・ということで、みんなでラクダさんと記念撮影をしたり。

(2年生の8人)

なんとも楽しい雰囲気でデッサンの時間は終わりました。



 続いて4時間目の算数の授業を見学しようと校舎内に移動すると、教室の前にこんな作品が。

ラクダの写生を前に、本などを見ながら粘土でラクダを作ってみるという活動もしていたようです。

 1,2年生の子どもたちにとっては、ラクダづくしの数週間だったようです。
 いいよなぁ・・・こういう活動。

 と、思わずにはいられない、そんな3学期の学校開放日の思い出でした。