やっぱり『やもり通信』

海外生活一区切り。これからは日本の生活メインの内容になりそうだけど、タイトルはやっぱり『やもり通信』・・・で、いいかなっと。

行ってみたドバイ<2011年夏>

 ふと気づくと、あの思い出多きドバイ旅行からもう1ヶ月が経とうとしています。


ああ、なんて時の経つのは速いこと・・・


 などとぼんやり感慨にふけっている場合ではありません。


 今日9月19日は我が家の「カイロ一周年記念日」ではないですか!
1年前の9月19日日曜日、私達家族4人は出発が1時間半遅れたエジプト航空機(最初からこれだよ…)でこのカイロにやってきたのでした。

ああ、1年なんて本当にあっという間。

「ジャネの法則」http://bit.ly/aAUlIQ に従って、恐ろしいくらいに毎年毎年1年があっという間に飛びさっていくのをビンビンに感じている私です。

 
 でもこんな時期ではありますが、カイロ生活のこの1年を振り返るのはまた別の機会にするとして(…いつになるかはアヤシイ)
今日はとりあえず、ドバイの思い出を記しておかねば、と思っています。



 さて、私たちがドバイ旅行を楽しんだのは8月19日から26日(7泊8日)。
この時期のドバイは
1.一年で最も暑い時期(月平均最高気温42℃、最低気温30℃)
そして
2.ラマダン(イスラム教徒の断食月)真っ最中
ということで、当初の予定通り、ほとんどショッピングセンターとホテルのプールで過ごした1週間でした。

ドバイ・モールで私たちを迎えてくれたマネキンたち
ドバイ・モールで私たちを迎えてくれたマネキンたち posted by (C)Makie

ホテルの部屋(17階)からプールを見下ろす
ホテルの部屋(17階)からプールを見下ろす posted by (C)Makie

 それだけだったら(=ショッピングセンターとプールで十分満足できるんだったら)、別にドバイまで行かなくてもどこでも楽しく充実した夏休みが過ごせたのではあるまいか・・・

 そんなことをちらっと思ったそこのアナタに私は言いたい。

行ってよかったドバイ
“行ってみる価値”が、ここにはある!

 
 なぜなら、このドバイという国では「やるといったらやるんだ!!」という気合がそこここで感じられたから。
中途半端はいかん。
やるなら、とことん。

余りにも前向き。
なぜそこまでがんばる?(見栄を張る?)と不思議に思えたりもしますが、それでも
まるで迷いなど全くなかったかのように、
例えば、(現時点では)「高さ世界一のビル」http://bit.ly/ojaVeA)を作り、
世界地図を模した人工島郡(埋立地)(http://bit.ly/7wtCUp)を作って、世界中の超セレブのみがそこの島を所有できるようにし、
「5つ星」ならぬ「7つ星」ホテルを海の上(人工島)にストンと作り(http://bit.ly/3oliEL)、
砂漠の国でありながら巨大な「スキー場」を作り(http://bit.ly/pWSfTz)・・・
   ※注)我が家の今回の旅行では、この中の「高さ世界一のビル」にしか行っていません。


 とにかく、そういう「頑張り」に私は素直に敬意を評したい・・・と思えたのでした。

 
 それだけではなく、人口の90%が外国人という事実。
本当に、どこの誰が歩いていてもOK!という雰囲気というか・・・
どこぞの国のように、明らかに「外国人」だとわかる私たちはただ近所のスーパーに歩いて行くだけでやたらと声をかけられる、というようなことは、ここではあまりないのでは?と思えました。
もちろん今回の私たちは「短期旅行者」で行動範囲も限られていましたから、「生活者」としてこのドバイを歩くとまた違った見え方になるのかもしれませんが。
地下鉄の中
地下鉄の中 posted by (C)Makie


  「ドバイにいる人のほとんどが外国人」ということは、イコール「出稼ぎ労働者」が多い、ということでもあります。
 タクシーの運転手をしている人は、どこかのガイドブックに書いてあったとおりパキスタンの人が多かったです。
 モールなどで店員として働いている人はフィリピンの人が多かったようです。あちこちでタガログ語が飛び交っていました。
 外国人の中でも最も多いと言われているインドからの人たち(在住外国人のうち60%はインドを中心とした南アジアの人たちだそうです)は、確かにあちこちで見かけました。ホテルのレストランでもモールでも。
 そして、そのほとんどの人達が自分の国に家族をおいてきているようでした。ホテルのレストランで働いていたケニア人のおばちゃん(といっても年は私とたいして変わらなかったかも)も、単身でこっちに来ていると言っていました。日本人から見ても物価は決して安くないドバイ。やはり「単身赴任」が主流なのでしょう。 


  奇想天外なプロジェクトを次々と成し遂げているこの国は、こういうあちこちの国からやってきた人たちによって支えられ、成り立っているのだとあらゆる場所で実感しました。(と言ってもほとんどショッピングモールかホテルにしかいなかった私たち)
  そしてそこで働いている人たちは、家族と離れて暮らしていることや物価が高くてなかなか生活が大変なことなどを多少愚痴りつつも、「“ドバイ”で働いている」という誇りのようなものを持っているように見えました。


 買い物天国ばかりじゃないドバイ。
言葉ではうまく言い表せない、ユニークで不思議なパワーを感じることのできる国。

 私の目には、そんなふうにも映りました。


 ということで、私たちが見てきたドバイをこれからご紹介しようと思ったのですが、どうも長くなりそうなので具体的な体験記は次回、ということで・・・。(よい子はもう寝る時間なので^^;)

 超有名な『喜作』(日本食レストラン)にも行かず、「金」(gold)も買わず・・・でも、非常に充実していた我が家流「ドバイ旅行記」です。

お楽しみに〜〜〜!!

↑ とりあえず、この辺はおさえている・・・「ブルジュ・ハリーファ」の前で