〜ついに出国!・・・意外とスムーズ〜
いよいよ出国という日の朝。
この日の我が家の最初のタスクは、今度は子どもたちを連れて「差し入れ」に行くこと。
6時半ごろに起こされた子どもたちは、まだ寝ぼけ眼のまま着替えだけさせられ、上着を着て外へ。
「パパやママやみんなのこと守ってくれている人にご挨拶に行こう」
そして記念撮影。(眠いはずなのにカメラを向けると笑顔を作る彼ら。約一名、一緒に座れと言われ記念写真におさまっている日本人もいますが。)
こういう人たちがいる(いた)ことを、子どもたちにはいつまでも覚えていてほしいな・・・と思いました。
さて、部屋に帰ってからは急いで朝食を取り(と言ってもクッキーとかシリアル・バーとか本当に適当に・・・)
最後の荷作り。
早ければ8時過ぎには迎えの車が来るということだったので、あまりのんびりと色々なことをしている時間はありません。
それでも昨夜干しておいた洗濯物をたたんだり、なんだかんだとバタバタしていると・・・8時をちょっと過ぎたころだったでしょうか。いきなり停電。
げっ? こんなときに??
我が家は15階。エレベーター無しで下へ降りるのは・・・しかも巨大なスーツケースもあるんですけど・・・。
そして、なぜか電気が復旧してからお迎えの人(夫の職場のドライバーさん)がエレベーターでやってくると勝手に信じ込んでしまい、「急いで準備をしなくては」という緊張感がふっと解けてややしばらくしたころ、
コンコン。
ドアをノックする音が。
夫がドアを開けるとそこにはお迎えのドライバーさんが涼しい顔をして立っています。もちろんまだ停電は続いています。
15階まで階段を上ってきて、ずいぶんと余裕の笑顔・・・ん?息ひとつ切れてない? と思ったら、
なんとエレベーターは普通に動いているとのこと。
どうやら停電になっていたのは我が家だけだったようなのです。
迎えが来たからには一刻も早く家を出なければなりません。
車には夫の同僚Aさんがすでに乗っているはずです。そしてこの後もう一人Gさんをピックアップしてから空港に向かうのです。フライト時間は16:10ですが、空港までの所要時間が読めないのがこの時期のカイロ。どこでどれだけ渋滞しているかわからないし、検問がどれだけあるかもわかりません。いちいち戦車に停められて「身分証明書を見せろ」などと言われたりしたら・・・。
すでに空港に行った人たちから色々な情報を集めてはいても、昨日と今日が同じとは限りません。
なので、外出禁止令が解ける午前8時になるかならないかのうちにスタートして、とにかく早めに空港に向かおうということになっていました。
「停電」に気を取られ(安心し?)万全の準備で待つことのできなかった私たちは、鍵の閉まらないベランダの窓にガムテープで目張りをする余裕もなく、どたばたと家を出ました。
我が家の窓から見える範囲では、焼き討ちにあったり、明らかに「やられた」とわかるような店・建物は見えなかったのですが、Gさんを迎えに行くためにこれまで見ていなかったエリアを車で通ってみると・・・・
「こりゃ自警団が必要になるわけだわ・・・・。」と思えるような風景をたくさん目にしました。
すでにやられてしまったのか、やられる前に目隠し(覆い)をして守ろうとした跡なのか、ショーウインドウが木の板やビニール袋で覆われている店、明らかに「やられてしまったのね・・・」という感じで窓ガラスが割られている店などがありました。
バリケードでふさがれた道。
車がここを通る場合は、そばに座っている人たちが一台ずつチェックしているようでした。
Citi bank この足場はなんのため?守るため?修理のため?
ロータリーの植え込みの側に雑誌を並べて商売を始めようとしている人を発見してちょっとほっとしたりして。
家から見ていた風景とはまた違った街のようすを眺めながら、車は空港へ。途中、焼けこげた政府系のビルなども見えました。
空港への道は予想に反して非常にスムーズで、出国のピークは過ぎたのかな?という感じもしました。
が、やはり空港が近づいてくるとじわりじわりと混んできて、そのうちこんな感じに。
フライトに間に合わないことはないだろうけど、それでも早めに家を出てきてよかった・・・と思いました。
戦車もたくさん見えました。こんなに大量に「ナマ戦車」を見ることなんて滅多にないのでしょうが、それほど威圧感は感じませんでした。子どもたちもまるで「あ、スカイ・ツリー」という感じで「あ、戦車だー。」
1時間半ほどで空港に到着。まだ午前中のため私たちが乗る予定機の便名はモニターにも出てきていません。
それよりなにより「ちゃんと予定の便が飛んでくれるのか」が大きな問題。16:10発のオーストリア航空でまずウィーンに出る予定の私たち。午前中のオーストリア航空のフライトは1便キャンセルになっています。むむむ。やはり空港での「足止め」もちょっとは覚悟しないとだめか?と思いましたが、幸いお昼前には「予定通り飛ぶ」ことがわかり昼過ぎにはチェックインも完了。
私たちが利用したカイロ国際空港の第2ターミナルは、エジプト航空とスターアライアンスの航空会社のみのターミナルだったということもあってか、比較的空いていてチェックインが終わった後もイスに座って時間を待つことができました。
とりあえず「乗れる」ということがわかって一安心。
では、次に私たちがすることは・・・それぞれ万が一に備えて持ってきている「非常食」の処理。
もしかしたら空港待機・・・そして空港で夜明かしの可能性も・・・と事前情報もあったので、今回の荷物には
・おにぎり
・シリアル・バー
・クッキー・ビスケット
・ミネラル・ウォーター(1.5リットル×2本)
・パックジュース
・ツナ缶(←これが意外に当たり^^)
・みかん
・あめ
などの食料がかなりの割合を占めていました。
でも無事日本へ帰れることがわかったら余計な荷物は減らしたいわけで・・・、みんなでもう遠足状態。
やはりこういう場合はほとんどの人が「おにぎり」を作って来ていたので、さながら「おにぎり試食大会」。
ところが、
今朝「冷凍庫」から取り出してきた我が家のおにぎりはまだカッチンカッチン。とても食べられる状態ではありません。仕方がないので、ここはまず皆さんのおにぎりをひたすらいただき、フライトまでにまたお腹が空いてきたら我が家のを登場させていただこう・・・と思っていましたが、結局その日はカッチンカッチンのままボーディングタイムとなってしまいました。
このあたりから「あれ?おにぎりって自然解凍では食べられないんだっけ?」とやっとちょっと不安になってきた私。でも「サンドイッチは冷凍しておいて自然解凍で食べることができるんだから、おにぎりも・・・」と勝手に信じる気持ちがまだあったのでした。
ところで今回我が家では、上記の食料以外にも以下のようなものをカバンに詰めていました。
・トイレットペーパー
・ウェットティッシュ
・新聞紙
・大きめのビニールバッグ(シート代わりにするつもり)
・古いバスタオル
結局これらはほとんど(全く)使わず日本へ持ち運ぶことになりましたが、もし本当に空港で寝泊まりすることになった場合を考えると、最低限これだけの「備え」は必要だったかと思えます。
さて、順調に搭乗ゲートまでやってきた私たち。
待合室に設置されているテレビに人が群がり始めているのに気づきました。
BBC放送でしょうか。
タハリール広場にムバラク支持派が乗り込んできて、反政府デモをしている人たちと激しくぶつかっているというようなことを言っているようでした。日本のテレビニュースでも時々目にした、あの「ラクダ」に乗った人が広場に突っ込んで行っているような映像は確かこのときのものだと思います。
ほんの少し前まで、
「やっぱりそんなに時間が経たないうちに(カイロに)戻ってくることになるんじゃないかな」と思っていたのが、ここで
「そうでもないかも。とりあえず今、出国しておいても間違いはないかも・・・」と思ってしまいました。
予定より少し遅れて離陸したOS864便。
3時間の飛行でウィーンへ。もう外は暗くなっており、冬のヨーロッパと言った雰囲気の中をそのままホテルへ。
ああ、カイロを出ちゃったなー。
ここはヨーロッパなんだなー。
今度は日本だなー。
空港でさんざんあれこれ食べてきた私たちは、夕飯も食べずにベッドに入り、あっと言う間に夢の中。
とにかくここまで来たら、早く日本に帰りたい。
そんな気持ちだったような気がします。
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尚、今日の日記に書かれている内容は、
実は↓↓こちらをご覧になって下されば「一目瞭然」だったりします。
http://bit.ly/hFb4si
一生懸命読んでくださった方、ごめんなさい。
さらに、1月28日からの一連の動きについては、こちらをどうぞ。
むらログ《窓から見たエジプト革命》
http://mongolia.seesaa.net/archives/20110205-1.html